「り─」

「は、早く、着替えよう。シャワー混んできた、みたいだし」

こんなところで破廉恥なことしないの、と、数秒前自分から言おうとしたくせに。今まさに、僕は自分からその破廉恥なことをした。自覚はある。恥ずかしくて死にそうだし、そのおかげで顔が真っ赤なのは言うまでもないだろう。そのあと何度か志乃がへらへらしながらこっちを見てきたけど、直視できなくて無視したまま、着替えを済ませて足早にそこを後にした。

「りんちゃーん、待って〜」

もう、ほんとに、恥ずかしすぎてどうしよう。
このあと一緒に電車を乗り継いで帰るのも、志乃の家にお邪魔するのも、すっぽかして帰りたい。帰って、布団にもぐって、そのまま気絶してしまいたい。明日になったら、志乃が忘れてくれていたらいいのに。

「りん─」

「あー、さっきのお兄さんだあ」

数秒遅れ出てて来た志乃は、僕の名前を呼ぶのをやめて足を止めたようだった。しっかり視界に入ってきたのは、さきほど海辺で志乃に声をかけていた女の子。志乃はまたその子達に囲まれていた。

「今帰りー?」

「え、ああ、うん」

「うちらもなんだあ」

「でもねー、暗くなったら花火しようと思ってて、それまでカラオケ行くんだあ」

「お兄さんも一緒に行こうよ」

すごいパワーだなあ、と感心して見つめていたら、ふっと志乃と視線がぶつかった。イケメンだ。イケメンだけど、犬耳的なのがあったら、それは完全に垂れているような顔だ。情けないというか、なんというか。それもまたかわいく見えてしまうんだから、もうどうしようもない。
僕としては、顔の熱さを誤魔化すこの間が少しありがたかったりもするんだけど。そりゃあ、いい気はしない。

「遥」

でも、僕の声にパッと表情を変えてくれる。僕だから…僕だから?じゃあ、僕と遥の関係は、一体何と呼べばいいんだろう。ひとつ言えるのは、僕は志乃が好きで、志乃も僕を好きでいてくれる。そう、確かめあって、確認して、僕がきちんと伝えなきゃいけないことがあるじゃないか。まだ言えないと、先伸ばしにした言葉が。それを、帰ったら伝えよう。

「帰ろう」

「友達ー?友達も一緒にど─」

「ごめん、りんが待ってるから、行くね」

志乃は目を輝かせてパタパタ駆け寄ってくると、そのまま僕の手を掴んだ。歩き出した僕らの背後で、女の子達の呼び止める声が聞こえたけれど、志乃は振り向きもしないで進む。
そのまま最寄り駅へ辿り着き、勢いよく僕を振り返った志乃は「りんだけだからね!」と、恥ずかしげもなく言った。

「何が?」

「さっきの!俺、りんしか興味ないよ?」

「へ、あ、そう」

「変な勘違いしちゃダメだよ」

勘違い、はしていない。
ああ、モテるからなあと改めて思ったくらいだ。それから、僕と女の子じゃやっぱり違うなって感じたこと。それは胸が苦しくなるけど、志乃が気にしていないんだから、それを口にしても、意味がわからないという顔で「りんはりんでしょ、俺はりんが好きなの」とか言うに違いない。そう考えると、別に言わなくてもいいか、となってしまうし。

「してないよ、大丈夫」

「……」

「え?」

「やきもちは?妬かないの?」

「やき…」

拗ねた子供のように口を尖らせた様子が、まおにそっくりで思わず笑いが漏れた。

「なんで笑うの〜」

「ごめん、つい」

「逆だったら、俺嫉妬でおかしくなるよ」

何を、さらりと言うんだ…
こっちが恥ずかしいじゃないかと横目で志乃を見たら、志乃は意外にも真剣な目をしていて、そのくせ恥ずかしくなったの思いきり僕から目を逸らした。いつもの調子でへらへらそんなことを言っていたなら、普通にツッコめたのに。本気だとわかってしまい、余計に恥ずかしくなった。



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