「……?」
「お兄さんひとりー?」
「うちらと遊ぼうよ」
「ごめん、待たせてる人いるから」
「友達?だったらみんなで遊ぼうよ」
「そうそう、あっちでバレーしようと思ってて、人集めてるの」
志乃だ。女の子に、たかられてる。いや、そりゃそうか。逆に、今日初めてその光景を見るなんて、おかしいくらいだ。あんなに格好いい人が砂浜にいたら、女の子も声をかけたくなるに違いないし。一緒にいるのが女の子じゃない時点で声をかけられても良さそうなのに。
「ねー、行こうよ」
ゆるり、女の子の華奢な手が志乃の腕に絡まり、胸がざわついた。僕も男にしてはひょろくて小さい方だけど、女の子とは違う。硬いし、骨張ってるし。あんな手とは違う…
「あ、」
波風に首にかけていたタオルが落ち、ふわりと飛んだ。慌てて手を伸ばしたけど間に合わなくて、反射的に腰をあげた。幸いにも、それはすぐ捕まり、けれど濡れてしまっていた。もう一枚持ってきているから、まあいいかと振り返った瞬間だった。
「りん!」
「えっ、う、わ!!」
人と衝突して、その衝撃でバランスを崩して尻餅をついた。思い切り、海の中へ。まだ海パンをはいているし、パーカーを羽織っているけれど着替えもちゃんとあるから別に構わないんだけど。結構なぶつかり方をされたから、お尻が痛い。ついた手も、痛い。
「は、はる…」
「いないから、びっくりした」
「いないって…」
「鞄のとこ!」
「あ、あー…タオル、飛ばされちゃって…ていうか、すぐそこ…」
そう、離れたといっても、数歩だ。いないと思っても、見渡せばすぐに見つかる距離だ。なのに、こんなタックルって…
「そうだけど…」
「ほら、立って。怪我してない?」
僕につられて倒れてきた志乃を立たせ砂浜へ戻ると、もうさっきの女の子達の声は聞こえなくなっていた。志乃、どうやって逃げてきたんだろう。
「ねえ、はる…えっ、血!!」
「へ?」
「手のひら」
声かけられてたね、と言うのもなんだか嫌だし、何と言おうか考えながら振り向くと、志乃は海水に濡れた前髪に触っていて。その手から、血が流れていた。
「わっ、ほんとだ!痛いと思った」
「あー、バイ菌入るから、あんまり触っちゃダメ」
倒れて手をついたところに貝殻でもあったのだろう、小さく切り傷ができている。深い傷ではなさそうだけど、海水はしみて痛そうだった。
「洗ってこよう、あっちにコインシャワーあったよね」
「もう帰るの?」
「…今から帰れば、夜ご飯に間に合うね」
「……」
「遥?」
「まだ、りんといたいなあ」
波の音に紛れてしまったけれど、志乃は確かにそう言って、口を尖らせた。ほんと、子供みたいだ。
「今日、まおと母さん、みんなとご飯食べてから帰ってくるんだって」
「え?」
「だから、少しくらいなら、遅くなっても平気だよ。僕は」
昨日の夜、確かにそう聞いた。母さんにしては珍しく、日曜日のお休みで、保育園の遠足で。こんな機会は滅多にないからと、まおのお友だちとそのままたちと、遠足のあとご飯にいくんだと、楽しそうに話してくれた。
「あ、でも、遥は家で─」
「俺も!昨日から、じいちゃんとばあちゃん旅行、行ってていない、から」
血の滲んだ志乃の手が、そっと整った顔を隠した。
「うち、来て」
火照った顔を、誤魔化すように。
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