「で、樹さん。それ、もう平気なんすか」

「は?」

樹は頭に巻いた包帯を指差した一人に、不機嫌な声をあげた。

「これが平気そうに見えんのか」

「いや、それは…」

「たんこぶで済んだのが奇跡だ馬鹿野郎」

志乃は庇ったつもりなのだからあまり責めるわけにもいかない。本人は元気だし、まあそれは良かったとして。どちらかと言えば遥の方が心配だ、と樹の脳裏に浮かんだ不安はまだ消えていない。そう、突然髪の毛を真っ黒にすると言い出したのが問題。

「志乃さん、会いたかったな〜」

「残念だったな。ここには来ねえし、探してみれば」

「樹さん冷たいっすね。まだへそ曲げてんすか」

「曲げてねえよ」

“俺、黒染めする”
“は?なに突然”
“りんと出掛けたときまでこうやって絡まれたらやだ”
“今さらだな”
“うるさいなあ!とにかく、日曜日だけの為だけどするの!”
“勝手にしろ”
“樹やってよ!”

「……」

「曲げてんじゃないすか」

「うるさいなあ」

白に近い金。 飴色に透ける金髪。それが志乃遥で、彼自身にも、それが定着していた。もともと色素の薄い髪だったけれど生粋の日本人。そんな派手な金髪が似合うはずはないのに、似合ってしまうのだから怖い。今じゃ、むしろ黒い方が不自然なくらいだ。

「いやーでも、志乃さん手ぇ出さなかったんすよね?かっけー」

「出さなくて当然だ」

じゃなきゃ、大騒ぎ起こしてここを去った意味がない、と続く言葉を飲み込んだ樹は、小さくため息を落として天井を仰いだ。エアコンの効きの悪いそこでは、じっと座っているだけでも暑い。外よりはマシ、と言うだけだ。

「まーとりあえず、お前らも気を付けろよ。遥のことで、今さらどうこうはないと思うけど。無茶はすんなよ」

「はいっす」

「返事だけはちゃんとしてんな」

今さらどうこうはない、と思うが。
志乃遥を知らない、例えば旅先で遭遇した素行のよろしくないお兄さんたちに絡まれたら厄介だ。だから、髪を黒くした。

“どう!?”
“……どうって”
“変じゃない?”
“変でもなんでも、どうせすぐは戻せないんだから我慢しろ”
少しくらいこの黒が抜けないと、数時間前までの金髪には戻せない。
まあただ、顔の完成度の高さっていうのは恐ろしいもので。この姿で声をかけられることが減るかは微妙で、減らなかったとしても不思議ではない。チャラついた感じが薄くなり、さらに女受けがよさそうなイケメンに仕上がった。

「そりゃあ、ずっと志乃さんの背中見てきたんすからね〜」

そういえばちょうど二年前も、同じことをした。
樹は懐かしむように二年前の夏を思い出した。突然高校に行くと言い出し、学校見学にいった次の日だ。スプレーで無理矢理隠した金髪を、黒くすると、言い出したのは。しかも頑固で、本当に厄介だった。
あの日と同じような感覚で、樹は志乃の髪を染めた。

「……暑苦しいやつ」

「いいじゃないっすか〜」

そこまでしてんだから、うまくいけばいい。いや、うまくやれよ、と言いたくなるのをなんとか抑えて、樹は志乃の背中を見送った。

「じゃー志乃さん探しにでもい─」

「やめとけやめとけ。あいつは今この辺にはいない」

「えっ!?どういうことっすか!!」

「……」

海、楽しんでんのかな、あの二人。



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