「……」

と、いうのも…

「あの、はるか、さん」

「んー?」

「重たい…」

家に入るなり、志乃が僕を強引に引っ張ってソファーに押し倒したからだ。

「キスしていい?」

「へっ、ちょ…」

僕の返事を聞く気はないのか、志乃は僕の躊躇いの言葉ごと呑み込むように唇を重ねた。眼鏡もコンタクトもしていない目では、ぼんやりとしか捉えることのできない志乃の姿。しかも、見慣れない黒髪の所為で、相手は本当に志乃なのか、とさえ思えてくる。それでも、キスの仕方というか、唇の感触というか、自然と覚えてしまったそういうものに、「ああ、志乃だ…」と許している自分が居て。

「りん、りんちゃ…」

「、ふ…ぅ、あ」

「かわいい」

「やめ…」

「やだ、顔隠さないで」

馬鹿みたいに恥ずかしいんだってば!と、声を張り上げたいのに、出来ない。
息の交わる場所に顔があって、どっちの唾液なのかわからないほど唇は濡れていて、正常に脳と体が動いてくれないのだ。

「……りん、」

「、っ!!ちょ、えっ…はる」

「んん」

するりと、少し前まで僕の手を握っていた大きな志乃の手がTシャツの中に侵入してきた。少し汗ばんだその手は、ゆっくりと腰から背骨をなぞって、それから脇を通って胸元で止まった。暑いし、別に脱いだって問題はない。男同士だし。でも、この触り方は、ダメだ。
男なんだから、胸まで服をめくり上げられたって平気だけど、でも、そうじゃない。意図を持った志乃の指は、僕の胸に爪を立て、首筋からそこまで舌で辿り…

「だ、」

「りん」

「ダメだってば!!」

「ぶ、わっ!」

あと一秒でも遅かったら、舐められてた。
僕は慌てて脱げそうだったシャツを整え、押し退けた志乃にもう一度つ捕まらないようソファーから飛び降りた。

「りんちゃん酷い」

「ひど…どっちが。遥、こそ…急に……」

「だって、りんが可愛いから」

「答えになってない!」

「なってる!好きな子目の前にして、そういうことしたくなるのは当然だもん」

「そ、ういう…こと、」

つまりそれは…だ、ダメだ。
その行為の名前を思いついただけでも恥ずかしのに。

「りん〜、顔真っ赤だよ?どうしたの?」

「〜!!」

キスやボディータッチに、少しずつ免疫がついても、恥ずかしいものは恥ずかしい。死にそうに恥ずかしいのだから、どうしようもない。

「どうもしない!ほら、課題やるよ」

「え〜」

「えーじゃない」

りんちゃんりんちゃんとぶつくさ言いながらも、しっかり勉強道具を持ってきている辺り、なんだかんだ真面目だと思う。でも、気を抜いたらまたよからぬことを考えられそうで、僕は必死に志乃の家庭教師をした。

「日曜日が楽しみすぎて、勉強手につかないのに」

今日は金曜日、確かにもうすぐに日曜日だ。明日はまおもお休みだし、だからこそ今のうちに課題を進めたい。のだけど志乃はそうじゃないらしく。

「日曜日、7時に迎えに来るね」

「遥の家の方が駅に近いんだから、僕が行くよ?」

「いいの!俺が迎えに来る」

まあ、近いと言ってもものすごく、と言うわけではない。どちらかと言えば、だ。しかもここまで力んで言われたら、頷いてあげればいいじゃないかと思えてきて、僕はおとなしく「分かった、待ってるね」と首を縦に振った。

「電車の時間とか、俺調べたから大丈夫だからね。楽しもうね」

「あ、りがとう…」

ずるい。
へらりとだらしなく笑うくせに、可愛い。僕がこれに弱いって、志乃は知らない。しかも 無自覚でやってるんだから余計たちが悪い。

「…お弁当、作ってく」

「えっ!本当?」

「っでも、お昼まではもたないだろうから、朝ご飯。電車で、食べよう」

「うん!!」

また、だ。
僕も大概だな、と思いながらシャープペンを握り直した。
それにつられてか、志乃も数分前より少しだけ真面目に取りかかり始めてくれた。
何かが変わりそうな、そんな予感がした。


─ to be continue ..



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