「まおちゃん寝た?」
「うん、今さっき」
「今から会いに行ってもい?」
「今から?何かあった?」
「りんちゃんに会いたらくなった」
「明日来るんじゃないの?」
「行くよ!行くけど…」
「寝て、起きたらもう明日だよ」
きっと、今目の前に志乃が居たら、耳も尻尾も垂れ下げてショボン、なんて音が聞こえてきそうな顔をしているに違いない。僕はそれに負けて、甘やかしてしまうんだろう。でも今は電話だから、大丈夫。ゆっくり休んでほしいんだ。
「じゃあ、明日早く行ってもいい?」
「へ?それは全然かまわな いけど」
「分かった!じゃあ今日は早く寝る」
早く…早く?
志乃の想像している“朝早く”に、少し不安を抱きながら僕らは電話を終えた。まあ、その不安は的中して。志乃はラジオ体操の為に早起きする小学生さえもまだ夢の中なんじゃないかという時間にやってきた。辛うじて起きてはいたものの、玄関を開けて見えた姿に「あれ?寝ぼけてるのかな?」という考えがよぎった。
「おはよう、りん」
「……」
「はい、おはようのちゅー」
「……」
「りん?もっと?」
いや、違う。そういうことじゃない。
「あ、え…と、」
そう、違うじゃないか。
今目の前にいるのは、いつものテンションの志乃に見せかけた、別人なんじゃないのか。
「し……の、?」
「遥!」
「あ、うん、はるか?」
「俺の顔忘れちゃったのー?」
いや、そういうわけではない。
忘れようにも忘れられないイケメンなんだ、見間違えるはずもない。ない、けど…
「え、でも…髪……」
「え?あ、うん。染めたの」
“真っ黒に”
「変?似合わない?」
「……いや、」
文句なく顔がいいんだから、髪色が変わったくらいでイケメンは覆らない。ただ、やたらと幼く見える。おそらくこのテンションの所為、というのもあるだろうけど。
「変じゃないよ、驚いただけ」
「良かった」
安心したから、もう一回。と、志乃は本日二度目の“おはようのキス”を僕に落とし、これでもかというくらい強く僕を抱きしめた。そんな僕らのやりとりに目を覚したのかまおも自分で起きてきて、はるちゃんはるちゃんと喜んでいた。「髪の毛、りんちゃんと一緒〜」と、その変化にも気づいていた。
しかし、どうしてこのタイミングで…しかも、真っ黒。普通なら逆な気がする。夏休みだから、学校に行かない間は茶髪にしよう、的な。そういった類のもではないのだろうか。ああ、そもそも見事な金髪だったから、その考えはないのか。と、能天気ないつも通りの二人をみながら、僕はひとり瞑想していた。それに、あの中学時代の写真に近づいた志乃のその姿が、どことなく懐かしく感じていて。でも、その理由は全然わからなくて…
志乃は何度も、僕と前に会ったことがあってその時のことが気になるきっかけになったと言ってくれていた。それに、関係があることなんだろうか。
「……」
高い身長に、黒い髪。
「……」
「りんちゃーん?保育園行かないの?」
「、うわっごめん!行こう」
「ダッシュダッシュ〜」
「まお、待って…!」
「俺もりんと手ぇ繋ぐ〜」
「うえっ、ちょ、」
右には大きな手、左には小さな手。
見るからに変な3ショット。けれど僕らは保育園までそのまま歩き、ひろみ先生に「あら仲良しさんだね」と笑われた。ご機嫌なまおを保育園に預け、志乃と二人きりになった途端、そんな和やかな空気は払われてしまったのだけど。
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