「最近志乃さん何してるんですかね」
「さあ」
「本気でこんなにすっぱりいなくなるなんて」
「思わなかったよな〜」
「な〜」
「遥さん元気してんすかね」
「樹さん何かし─」
「知らん」
俺だって、初日にばったり遭遇したきり会ってない。特に連絡を取るようなこともないし、たとえ顔出しに来いよと誘っても、遥は絶対来ない。樹はそう思いながら不機嫌にため息を落とした 。
「あんなに仲良しだったのに?」
「つーか、志乃さんのやめる騒動半端じゃない騒ぎだったのに、なにこの信じられないくらいの平和は」
「な、ほんとそれ」
「平和に越したことないっすけどね〜」
「でもせっかく夏休みなのにな」
「あー、うるせーなー。俺帰るわ」
「えー、樹さん帰るんすか」
「おお、帰って寝る」
「おやすみなさ〜い」
遥のいない夏休み、荒れに荒れて大荒れで、あとから文句のひとつでもかましてやるはずだったのに。遥がいたときの毎日の騒動が嘘みたいに、静かだ。静かで、不気味だ。樹は頭のなかでぽつりぽつりとこぼれ落ちてくる、どこか不安めいたそんな考えを払拭して立ち上がった。これは嵐の前の静けさなんて、そんな洒落たものじゃないさと言い聞かせて。
「おー」
そのまま溜まり場を出ると、樹はまっすぐ家路についた。
夏休み初日、凛太郎たちと遭遇した道だ。あの時は時間が重なったから会えただけだとわかっているけれど。なんとなくゆっくり進む樹の足は、それを期待しているようで。
「……いや、そんなはずないか」
「なに一人でしゃべってんの」
「っ!!」
「久しぶり〜」
だるそうな声、けれど聞き慣れたそれは間違いなくさっきまで話題に出ていた“遥”本人。
「おまっ…なにしてんだよこんなとこで」
「歩いてただけだけど」
「それが何でだって聞いてんだよ。てか、音羽は」
「何ー、なんで樹がりんのこと気にするの」
「いっ、てぇな!お前が常に音羽にぴったりくっついて離れねえから、一人でいるの見てびびってんだよ」
「うるさいなあ、俺だって朝から晩まで本当は一緒に居たいけど、夜はちゃんと帰るの」
「相変わらずそこだけは真面目だよな」
これだけ目立つ見た目をしておいて、飄々と平凡な団地にいる志乃遥。それは違和感以外の何物でもないのに、けれどそれはもともとの志乃遥のようで。樹は自然とそんな遥に歩調を合わせて歩き出した。
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