「りんとデート楽しみだな〜」
ご機嫌な志乃は珍しく携帯を開いて「電車の時間ってどうやって調べればいいのかな」なんて、ウキウキな声をあげた。意外と、しっかり計画をたてたい派なんだろうか。僕はそういうの調べておかないと不安になるから、いつも家族で出掛けるときちゃんと調べるんだけど…まあ、それが役に立つかどうかはおいといて。母さん、頼りにならないからなあ…
それと同じように、志乃もどうだろうかと一瞬考えてしまったから余計に、率先して計画をたてようとしているから驚いた。
「ね、楽しみだね」
「…うん」
へらりと笑うそんな志乃に、深く考えるのも馬鹿らしく思え、その好意をありがたく受け取ることにした。いつも以上ににっこにこな志乃はその日一日中僕の後をついてきて…本人はお手伝いなるもののつもりらしい…浮かれてはいたけれど宿題はまじめにやってくれた。それには感心したし、そういうメリハリがつけられる面を知れたという意味ではよかった。
まあ、それ以外は本当の本当にべったりついて回られたから少し迷惑だったのだけど。
「ね、りん」
「ん?」
「こっち見て〜」
「なあに」
掃除洗濯宿題を終え 、少しくつろいで、そろそろまおを迎えに行く時間だと立ち上がった僕を止めた志乃は、そのまま少し強引に僕をソファーに座らせた。思った以上にソファーが軋み、けれどそれを気にすることもしないで志乃の顔が近づく。
「へ、あ…」
「ちゅーしてもい?」
いや、もう、ほぼ…
「するよ?」
してる、気がするんだけど…
問いながら、熱い息が唇に触れ、そのまま志乃の唇がやんわりと押し付けられた。
「ふ、」
触れたそれは、僕の唇を柔らかく啄んでから離れ、またすぐに重ねられた。
顔を背けられないようにか、両頬をしっかり包む志乃の大きな手。たぶん、本人が思ってるより、結構な力が入っているそれは、僅かに苦しくて呼吸が乱れた。そもそもキスなんてしてる時点で、心臓はおかしくなっているんだから、余計に。
「りん…」
「っ、ん」
「口、」
「ちょ、は…ぁ」
熱い舌に唇をつつかれ、不意にできた隙間。それを見逃さなかった志乃のものが、ぬるりと口内に侵入してきた。これは所謂ディープキスというやつか…なんて、冷静に考えながらも、思考回路はショート、心臓は爆発寸前。どうしたらいいか全くわからなくて、なんとか逃れようとしてみてもすぐに捕まってしまう。絡められて吸われて…それでもなんとか恥ずかしさと動揺で志乃の胸を押し返した。
「あ、りん?」
「ま、ま、まお、むっかえに…行く、」
「俺も行く─」
「は、遥は留守番、してて、」
「え、ちょっと」
「じゃあ行ってくるから!」
志乃を直視できなくてそのまま家を飛び出した。
志乃の欲情した目とか、ざらついた熱い舌とか、濡れた唇とか、なんとか払拭しようと保育園まで走った。別に、嫌なわけじゃない。嫌悪感はない。でも、まだ心の準備と言うか、なんというか…だって自分がキスする日さえまだまだ先だと思っていたのに…こんなに深いキスなんて…
「りんちゃーん!」
「っ!!」
「おまたせ〜」
デートの待ち合わせかと言いたくなるような言葉を掛けながら駆け寄ってきた可愛い妹に我に返り、とりあえずそのことは考えないようにしようと頭を振った。
「あれー、はるちゃんは〜?」
「えっ、あ、はる…志乃は、お留守番」
「そっか〜」
ああ、もうややこしい。
いや、いっそもうまおのまえでは“はるか”でもいいんだけど。たぶんまおはその変化に気付いて追及してくるだろうけど、それも2、3日でおさまるだろうし…でもなあ…ダメだ、今はそれどころじゃない。
まだ熱がひかない手でまおの手を握り、志乃の待つ音羽家へ帰った。志乃は僕らが帰ってくるなり玄関まで駆け寄ってきて「よかった〜」と叫んで僕を抱きしめた。僕が怒って帰ってこなかったらどうしようと思っていたらしい。まおを迎えに行ったんだから、そんなわけないのに。
「はるちゃん、絵本読んで〜」
「あ、うん」
「きのうの続きからね」
「くまさんとうさぎさんが一緒に暮らし始めたとこ?」
「そう!」
「まお、先に手洗いうがい」
「はーい」
あと、怒ったわけではかったけど、それは言わないでおいた。
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