紫陽花の恋 | ナノ


03






今橋先生が子供向けの保健室みたいに掲示物を貼った空間に、紺野はあまりに不釣り合いで思わず笑いそうになる。

「今、後輩二人からアタックされてて結構面倒だなってとこ」

「二股はダメだよ」

「しないよ、面倒くさいし」

「あ、経験者っぽいなその言い方」

「してたつもりはないけど、そう言われてひっぱたかれたことはあるかな」

「最低だ」

「俺が悪いの?向こうが言い寄ってきたから仲良くしただけだよ」

「その気がないならちゃんと牽制しないと」

「ソノ気はあった、かな。でも、それだけ」

「うわ、最低」

「だから、今彼女いないしアタックされても手出してないんじゃん」

「いつか刺されるよ」

「……あ、もしかして紺野って二股かけられた方、とか?」

「……」

「まー…そうか、紺野って真面目すぎって感じする。だから童貞なのか…」

「先生」

「怒るとこそこなんだ」

むっとした顔で紺野は再び視線を落とした。
声が途切れ、カタカタと窓を揺らす雨の音が大きくなったように感じる。ソファーからその窓を見つめ、雨で霞むグラウンドに「早く梅雨明けないかな」と呟く。紺野は「まだまだだよ」と独り言に独り言で返してくれたけれど、それ以上は何も話さなかった。俺も、タイミングよく響いたチャイムに腰を上げて保健室を出た。
「また来るわ」と言い残して。紺野は真面目に授業に出なさいと苦笑いを溢したけれど、学校自体が緩いからここ数日少しサボるくらいの俺なんて可愛いものだ。そう、もともとサボったりすることは滅多になく、紺野が保健室に来てから、数回、授業に出ていないだけだ。

たぶん俺は、あの日雨の中で佇む悲しそうで、泣きそうに微笑む儚げな紺野をもう一度見たいのだ。でなければ、あれは紺野ではなかった、勘違いだった、と脳が処理してしまいそうだから。それくらい、別人のようだった。そんな別人の紺野に、一瞬でも「綺麗だ」と思った自分を、間違いだったと思いたくないのかもしれない。どちらにしても自己満足で、結局紺野は冴えない奴だったとしても、やっぱり綺麗な人だったと再認識しても、どっちでもいいのだ。どっちにしたって、紺野は数か月でここを去っていく。去って、今橋先生が戻ってこれば、まるで紺野なんて男はここに存在していなかったことになるのだから。

───

「妹がさ、朝顔の観察するんだって」

「……」

「夏休み」

「はあ?夏休みの話?」

「あと二週間くらいだろ」

「あー、まあ…」

雨のせいで閉め切られた、湿度の高い教室は地獄だ。
エアコンをつけても全然涼しくなるような温度には出来ず、ひたすらじめじめしてシャツが肌に張り付いて不快でしかない。そんな中で爽やかに「もうすぐじゃん」と言い放った能天気な吉村は指を折って何かを数え始めた。






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