02
「折原〜いつまでサボってるの」
「……」
「内申点下がっても知らないよ」
「これ以上下がらないからいい」
「それ卒業できないよ」
「紺野こそ、土いじりばっかりして仕事してないじゃん」
「先生」
「紺野先生」
「いっつもそうやって呼ぼうな」
少し大きな白衣の裾に土をつけて、湿気でうねった髪を手で撫でつけながら呆れたように笑った紺野は分厚いレンズの向こうから俺を見た。無駄におしゃれな眼鏡は、およそ学校の職員には見えない。
梅雨入りしたとネットニュースの見出しが出た日、養護教諭の今橋先生が急な病気で入院した。その臨時でやってきたのがおしゃれ眼鏡の紺野だ。穏やかでぽやっとしていた可愛らしい女の人から、眼鏡以外はやぼったい根暗そうな男に変わってしまい校内は今橋ロスに陥っていた。保健室とは無縁だった自分にはあまり関係のないことだったけれど、何日も続けてここに足を運んでいる今、そうも言っていられなくて。
「土いじりは趣味なの」
「サボリって認めてんの」
「校務員のおじさんと仲良くなっちゃったから手伝ってるだけ」
「ふーん…」
窓の外は雨。
校務員のおじさんと仲良くなったから、は嘘。
時間を確認するふりをして視線を逸らした紺野はデスクに腰掛けて分厚いファイルを開いた。
今橋先生が休みに入り、翌日には紺野が来た。けれど、俺が紺野を見たのはその日が初めてではなかった。今橋先生が入院する、となったまさにその日、紺野はうちの学校に来ていた。土砂降りの中、透明のビニール傘をさして学校を囲う塀の外側に植えられた紫陽花を見つめていたのだ。まだ咲き初めのそれは色も形も未成熟で、「もう少しだなあ」と花に疎い自分でも思うくらいの咲き方だった。それを、とても美しいものを見るような目で見ていた。
「折原さ、毎日ここ来てるけど友達居ないの」
「そういうの、ストレートに聞くって養護教諭としてどうかと思うよ」
「はは、そうかな。そうだな、そんな言い方されたらカチンとくるかも。ま、僕も友達居ないから人のこと言えないけど」
「居なさそう」
「ええ、ひどいな」
眼鏡以外、本当に冴えない。
湿気に負けて髪がうねったりあほ毛がたつくらいは誰でもあることだ。でも、紺野の場合はそれを好き放題しているから清潔感がないし、さっきも言った通りサイズの合っていない白衣が絶妙にダサくておまけに土汚れがついている。顔はどうだと聞かれれば、三十手前の、まあ年相応のそれよりは若干若そうな、普通の男だ。女子にちやほやされるほどの男前というわけでもなければ男子に好かれるほど馬鹿でもない。校務員のおじさんと仲良くなれそうではあっても、実際は仲良くなったのは後付だ。先に、紺野が花の手入れをして、それをおじさんが快く迎え入れてくれた、というパターンに違いない。
まあ、予想だけれど。
「……彼女も居なさそう」
「あー…彼女ねぇ……」
「童貞っぽい」
「折原は性に奔放そうだよね」
「知ってる?三十まで童貞だと魔法使いになれるらしいよ」
「馬鹿にしすぎ。僕だって恋人が居たことくらいあるよ」
「へぇ、意外」
「今は居ないけど」
「彼女が居ないのは認めるけど、童貞は否定しないんだ」
「したつもりだったんだけどなあ…折原は?うちの生徒と付き合ってるの?」
「居ない」
「そうなの?」
紺野は心底驚いたように視線を上げ、ずれた眼鏡を片手で直した。
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