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いつまでいるのかとか、そのあとはどうするのかとか、聞きたいことはあるはずのに…どうしてか声を掛けることが出来なかった。
紫陽花の花びらって、この真ん中の小さいところなんだよと、紺野が教えてくれた。ここにきて、割とすぐの頃だ。周りの大きい花びらみたいなのがガクで、だから花自体は小さいんだ、と。それをふと思い出して校門を出たところで足を止めた。
大きく、鮮やかに、花を咲かせているなんて思ったことはなくて、それでも紺野に教えてもらったことをちゃんと覚えていて、こうやって改めてそれを見て「綺麗だ」と思った。それだけで、紺野が話してくれたことにちゃんと意味は合って…そう、だから、紺野が涙をためてしてくれた“大失恋”の話も…
「折原くん?」
「、あ…」
「風邪で休んだって聞いたけど、もう平気なの?」
「ああ、うん。この前はごめん」
「ううん、具合悪かったんだね」
隣のクラスの子だ。
カラオケに行ったときは気づかなかったけれど、右の頬にほくろが二つ並んでいる。白い肌にそれはとても目立つのに、今気づいた。
「あの、良かったらさ、連絡先とか…」
爪も縦長の綺麗な形だ。
前髪はしっかり整えられているのかまっすぐで、さらりと耳にかけた髪が俯いたことで下に落ちる。
「…ごめん、俺、好きな子いるんだ」
「えっ、あ、そっか…」
「だから連絡とかは」
「ううん、ごめんね。あ、また今度皆でカラオケ行こうね」
「うん」
「じゃあ、また」
「ばいばい。気を付けてね」
梅雨が明けたら傘を返しに行こう。
あと二、三日で明ける気がする。
毎年、なんだかんだ夏休み前に開けているような気がするから。
夏休みは紺野の部屋に遊びに行こう。スイカをもって。そうめんを持って。アイスでもいい。何か、面白いDVDも持って。
俺のそんな浅はかな思い付きは、簡単に砕けてしまった。
「ご迷惑をおかけしました」
梅雨があけるのも、夏休みに入るのも、どちらも待たないで紺野はいなくなってしまったのだ。
今橋先生は少し、ほんの少し痩せていたけれど元気そうで、「あれ、三年生の折原くんだ。珍しいね、どうしたの」と俺に微笑んだ。
俺は傘を返したくてと、とっさに手にしていた傘を彼女へ差し出した。
「わざわざありがとう。…あ、でも、これ…保健室のじゃないよ。学校のでもないかも」
「えっ」
「学校の傘は柄のところに学校名のシール貼ってあるし、ビニールのところにもマジックで名前と住所書いてあるから」
「え、そうなんですか」
一応、と室内で開かれた傘はしっかり綺麗な透明で、どこにも文字はなかった。俺自身そんなことは確認しなくても知っていたのだけれど。何度も使ったんだから。
「紺野先生の私物かな…返しておくから、預かろうか」
「あ…じゃあとりあえず、もうちょい借りてて良いですか。雨の間」
「はは、わかった。聞かなかったことにしとくね」
今橋先生は知っているんだ。
紺野の連絡先を。そりゃそうだ…彼女が知らなくても、学校は知っている。居なかったことになんてならない。
午後の授業はまだ残っていたけれど、俺はそのまま学校を出て紺野のアパートへ向かった。学校の最寄り駅から二駅、先日吉村達と足を運んだカラオケや、ゲームセンター、漫画喫茶にパチンコ、百貨店のあるこの辺りでは一番栄えた駅。そこで降り、この前紺野を見つけた地下鉄側の出口へ。
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