紫陽花の恋 | ナノ


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「もともとは高校時代の友達で…大学も一緒だったんだけど」

その大学時代にいろいろあって喧嘩したり絶交したり…でも結局好きで、どうせ口もきかないのなら告白だけでもしてやると意気込んで好きだと言ったら付き合うことになったのだ、と紺野は呆れながら言った。
そこからはとんとん拍子で一緒に住むようになって、大きな喧嘩もしないで仲良く十年過ごした。自分はこのままこの人とずっと一緒に居るんだと信じて疑わなかったし、お互いにこの関係が続くことを願っているんだと思っていた。自分の人生で一番の大恋愛だったし、小説や映画みたいな華々しさはなくても、言葉にしてみたらなかなかの出来事だったように感じるような、そんな恋だった。

その関係が崩れたのは付き合い始めて十年目の春の終わり。突然、恋人から「子供が欲しい」と言われた。

「…子供って…」

「もう分かってると思うけど、相手、新郎だよ」

「あー…だよね。そうなのかなって、今日、学校で聞こうと思ってた。でも、この前の話だと子供が出来たって…」

「んー…なんていうのかな、最初はそうやって気持ちを告げられたんだけど、そのあとすぐに実は女の子と付き合ってるって打ち明けられて…僕はもうそこで何も言えなくなって、そしたら相手が自分の仲の良い女友達だったんだ」

「新婦?」

「そう。もちろんその子は僕と彼が付き合ってるって事を知らなかったし、単純にその子の口から付き合ってるってことを聞いて、二股かけてたって思われるのが嫌だったから自分から言ったんだろうね。でも、どっちでも僕はショックだし、ましてや自分に絶対叶えられないことを言われたら諦めるしかないでしょ。別れるまでに少し時間はかかったけど、それでも別れたんだ。別れた途端、仲の良かった友達のグループで子供が出来た結婚するって報告が来て」

「はあ?それ…」

「そう、彼の言葉はちゃんと自分のものだったと思う。でも、出来ないはずだった自分の子供を女の子が宿してくれた。その女の子と、お腹の子に、僕は負けた。一緒に住んでた部屋を出たらこの通り自分のものなんてほとんどないし、住みたい街やここに近い方がいいって言う希望もなくて…毎日が空っぽだった。丁度梅雨の時期だったかな。雨続きで、気も滅入ってて…半年後にはお腹の膨らんだ彼女との結婚式に呼ばれて…」

「俺だったらやっぱり絶対行かない」

「思ったよ。絶対行ってやるもんかって。でも、生まれてくる子供に罪はないし、彼の子供だけは恨めない。その子のお祝いだけはしたいと思った」

「…お人好しかよ」

「そうだね、行って後悔した。行かなきゃ良かったって今でも思ってる。その頃は毎日泣いてたし吐いてたし、仕事にも行けなくて急病ってことで休職してた。誰にも相談できなかったし、今でも誰にも言ってない。付き合ってたことも隠してたから」

「じゃあ、俺が唯一知ってるの」

「まあ…なんとなく感づいてる友人もいたかもしれないけど、お互い口外はしてなかったし結婚するって報告されたら“おめでとう”にかき消されるでしょ。だから僕らが付き合ってた事実は消えて、恋人だった十年の出来事ごと全部無くなった気がした。誰にも会いたくなくて、気づいたら友達とも疎遠。本当に一人きりになって、そろそろ社会復帰しないといけないなって…」

「それでうちに?」

「タイミング、だね。もうやるしかないって勇気振り絞ったのに、学校の外に咲いてる紫陽花に泣きたくなって、ああ…まだダメだなって」

少し蒸し暑くなってきた。
締め切った部屋の中、紺野はエアコンのスイッチを押した。雨の音に紛れて小さく唸ったそれからは湿った匂いが漂ってきた。

「ごめん、臭いかも」

「気にしないよ」

「…エアコン一つでも、彼とのことを思い出すんだ。設定温度の違いとか、つけっぱなしにするかこまめに切るかとか、扇風機と両方使うかとか…些細なことだけど、そういうの全部僕にとっては大事な思い出なのにね。誰にも言わないでいると、夢だったんじゃないかって思えてくるんだ。苦労して傷ついてたくさん泣いて、やっと手に入れた幸せのはずだった」

「そうかな」

「……え?」

「別に、無くならないんじゃないの。だって紺野が覚えてるんだから。俺だって覚えてるし。紺野が幸せだったならいいんじゃないの」





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