08
部屋に干された洗濯物を回収する彼を視界の端で追いながら、何気なく付けたテレビに意識を向けるとその画面の傍らに置かれた写真に目が止まった。
結婚式の写真だ。
ウエディングドレスとタキシードの新郎新婦を挟み、数人の男が写っているそれに、しっかり髪をセットした紺野が居た。
「…髪の毛、こっちの方がいいのに」
「え?」
「あの写真」
「あー、それ…結婚式だからね、流石にこんなもっさりは恥ずかしいでしょ」
「まあ…確かに」
結婚式…
「でも、あんまり笑ってないよね」
「そう?写真って苦手だからね」
「噂の二股恋人?」
「そういう言い方しない」
さっきの子の受け売りか、と自分で笑えた。
“噂”なんて、都合の良い繋ぎの言葉みたいだ。紺野はそれをさらりと流して「否定はしないけどね」と呟いた。
新郎から一番遠いところに立ち、ぎこちなく笑う紺野は今よりすこし若く見える。ちゃんと、友人の結婚式に参加した、という顔をしている。
「……格好いい人だね」
「あはは、そっち?」
「ウエディングドレス着た女の人はさ、女子高生のプリクラと同じくらいみんな綺麗で可愛いから分かんないよ」
「ああ、なるほど」
「俺、結婚願望とかあんまりないんだけど、紺野はあるの」
「折原はまだ高校生だからね。大人になればそれなりにはこう、芽生えるんじゃないかな。したいからって必ずしも出来るものじゃないけど」
「じゃあさ、紺野は─」
「先生」
「先生は、こうやって付き合ってたはずの人が目の前で他の人と結婚するの見ても、自分もいつかしたいなって思うの」
雨はまだやまない。
雷も鳴り始めている。
学校に来ないで、紺野は何処に行っていたんだろう。仕事を休んでまで、何か大事な用事があったんだろうか。朝からどしゃ降りだったのに傘を忘れるほど大事な用事が。
「意地悪なこと聞くよね」
麦茶の入ったガラスのコップは汗をかいてテーブルに水溜まりを作っている。
「俺さ、思ったんだけど。紺野の付き合ってた人って」
「それを聞いてどうするの」
「別に、どうってことは」
「生徒に好かれるなんて思ってなかったから浮かれてた」
「…は?」
「折原がなついてくれてるかどうかは分からないけど、浮かれてた。慕われてるって」
「……」
「だから変なこと口走っちゃったけど、僕の昔話なんて折原には何の役にもたたないし意味もないよ。だから忘れて」
「何言ってんの」
写真たてを倒した紺野は、濡れた髪を拭きながらもう一度「忘れて」と溢した。俺はその手を掴んで隣に座らせ、曇った眼鏡を浚った。
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