07
元カノ、と言えば聞こえはいいけれど、みほちゃんとはそういう関係ではなかったような気がする。一緒に帰って、セックスして、連絡は基本的に会う約束の為にしかとらない。でもまあ、手を繋いで学校を出ていくところを切り取ればちゃんと“カップル”に見えるのだろう。
なんてことを口にしたらこの場の空気が悪くなるのが分かるくらいには空気は読めるし、吉村は吉村で良い感じと言っていた子と楽しそうに喋っている。
「折原くんは?みほちゃんと別れてから噂聞かないけど」
「怖いよね、噂って」
「あ、バレないようにしてる?」
「どうかな。俺器用じゃないし、吉村もお口軽男くんだし、なんかあったらすぐ“噂”になってるよ」
「そっか」
「…抜ける?」
「え?」
「今から。吉村達良い雰囲気だし。俺傘あるし送ってくよ」
「……」
顔も名前も知っている。三年間同じクラスにはならなかったけれど、挨拶くらいはしたことのある仲だ。ふっくらと赤いリップで型どられた唇がゆっくり綻ぶ。それから小さな声で「いいよ」と声を漏らし、俺はその子とトイレに行くふりをしてカラオケルームを出た。天気のせいか、時間のわりに外は暗かった。家はどのへんだという話をしながら相合傘をして駅に向かうと見慣れたくせ毛のおしゃれ眼鏡が目に入った。
「あ…」
駅から飛び出してきたその人は雨足を確認するみたいに一瞬空を仰いで立ち止まった。
普通のTシャツに薄いカーディガンを羽織り、綺麗とは言い難いスニーカーを履いたその人は躊躇うことなく前に進んだ。
「えっ、」
「折原くん?」
「あ、ごめん、駅から家って近い?」
「?うん」
「ごめん、ここまででいい?俺ちょっと急用思い出した」
「えっ!?あ、ちょ…折原くん!」
紺野だった。
絶対。
白衣を着ていないだけで雰囲気が随分違ったけれど。
慌ててその背中を追うと、紺野は駅から三分ほどのアパートの前で足を止めた。
「紺野!」
「、おり、はら…?え、なに、どうしたの」
屋根の下に入りきっていない紺野に傘を傾けて駅で見かけたのだと告げると、紺野は驚いた顔のまま俺を見つめて、しばらくの沈黙の後小さく笑った。
「なにそれ。せっかく傘貸したのにベタベタだよ」
「紺野が傘さしてないから、返そうかと思って」
「馬鹿だなあ。そんなのいつでもいいのに。タオルくらい貸してあげるよ上がってく?」
学校で見るより明るい空気を纏った紺野は、階段を上がって二階の真ん中辺りのドアまで俺を誘導した。わりと綺麗な、けれどやっぱりその綺麗さは紺野にはおしゃれすぎるようにも思えた。けれど玄関には今脱いだ靴以外の履き物は無く、1DKの部屋も男の独り暮らし、という感じだった。生活感がないくらいシンプルだけど。
「はい、タオル」
「…ありがと」
「何処か遊びに行ってた?」
「あー、カラオケ。吉村とかと」
「吉村くんね、何となく分かるよ」
「で、抜けてきた」
「こっそり?」
「こっそり」
「あ、女の子と、だ」
「どうかな。結果的には紺野のとこ来たけど」
「悪い男だな〜」
靴下は濡れておらず、そのまま部屋に上がってソファーに座ると紺野は麦茶を出してくれた。それからドライヤーも貸してくれた。
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