紫陽花の恋 | ナノ


06





それから数日続いた雨に、俺は紺野に借りた傘を片手に登校した。
紺野が好きな紫陽花は、強い雨に打たれても綺麗に咲いていて、点々と色の違う花びらが揺れていた。

「……」

恋人に二股をかけられて、浮気相手の子供が出来てそのまま結婚、か。

どうして色が違うのか、いつだったか誰かに教えてもらった気がする。そうだ、土の成分…同じ場所に生えているのに、不思議だ、と思った。根を張った場所が酸性かアルカリ性か、アルミニウムがよく溶けるのはどっちだっただろう。

「…浮気相手に子供が出来た…ん?」

紺野は何と言った?
浮気相手との子…それは、普段なら絶対に考えない方向性から導きだされた可能性だった。酸性かアルカリ性、どちらが紫陽花を青くしてどちらが赤くするのか、それよりずっと曖昧で根拠のない可能性だ。

「あれ、折原?」

「おはよ」

「おはよ…ってどこ行くんだよ」

「……」

「おーい、折原?」

「ちょっとトイレ行ってくる」

教室へ上がるための階段には上らず、一階の保健室へそのまま足を向かわせた。紺野にどういう意味だったかを問おうと思ったわけじゃない。ただ、紺野はどんな顔であんなにあっさりと失恋話をしていたのか、確かめたかった。
けれど、残念なことに紺野は不在で、“用事がある生徒は職員室へ”という札がドアに引っ掛かって鍵も閉まっていた。

一瞬閃いた考えは、今この場で言葉にしなければもう口には出来ない気がした。ないか、ないない、と自分が思ってしまうからだ。今の、この少し高揚した勢いで喋らないと。

「……携帯とか知らねー」

連絡を取る手段として思い付いたスマホに、紺野の連絡先は入っていない。それは今橋先生が戻ってきたら、もう本当に紺野には会わなくなる、という決定付けになった。

仕方なくその足で教室に戻ると吉村に「ほんとに便所かよ」と笑われた。特に反応もしないで席に着き、一限目の数学の準備をしようと机に手を入れるとタイミングよく予鐘が鳴った。

「折原くんってば」

「なんだよチャイム鳴っただろ前向けよ」

「今日の放課後とか空いてませんか」

「空いてませんよ」

「何でも言うこときく券使います」

「やった覚えねぇから」

「ケチ!カラオケ良いって言ってくれたじゃん」

「……あー…今日?」

「今日!向こう二人とも良いって言うしさ。バイトなら終わってから合流でもいいし。な!どう?」

「はぁ〜…」

今日バイトはない。
別に行くこと自体は良い。でも、正直気分ではない。何となく、今日のうちに紺野に会っておきたいなと思っている。今日はもう絶対紺野は来ないと言うのなら行ってもいい、でももし放課後になって少しだけ姿を見せる可能性があるのなら待っていたい。そんな葛藤を一人でしながら返事を保留して、聞いてもいない教師の話に耳を傾けた。
昼休みにもう一度保健室に行ってみたけれど変化はなく、廊下の窓から見えた校務員のおじさんに声を掛けると「今日はお休みじゃないかな」と言われた。

朝から土砂降りだった雨は相変わらずで、雨に打たれて激しく揺れている花壇の花は少し項垂れていた。紺野が見たら可哀想に、とでも言うのかもしれない。降らないよりましだけどねと優しい目をして。

俺は結局紺野に会うことは諦めて吉村と隣のクラスの女子二人とカラオケに行くことにした。

「折原くんってさ、最近まで付き合ってた子いたじゃん、あの後輩の」

「……誰だろ、みほちゃんかな」

「そうそう、あの髪長くて細い子。あの子今生物の小峰と噂になってるよ」

「えっそうなの?あの髭の先生?」

「そうそう。ブラウスのボタンとめながら生物準備室から出てくるとこ、何回か見られてるんだって」

「ふーん。まあ趣味は人それぞれだからね」

女の子の好きそうな話題だ。






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