19
「ちょ、折原?どうしたの」
「今も、梅雨嫌い?」
「え…?」
「あんまり好きそうじゃなかったじゃん、あの頃」
「……はは、人生で一番辛い思いしたのが梅雨だったからかな…そう見えてた?」
「見えてた」
「そう…今は嫌いじゃないよ。さっきも言ったけど、折原のおかげで前向けたし、向けたら、雨続きの毎日も紫陽花も全部綺麗に見えるようになったし、今は好きだよ」
戸惑いながら俺の背中を撫でてくれた紺野は、けれど嫌がりはしなくて。
「……会いたかった」
「どうしたの、ほんとに」
「いいじゃん、俺がもっと幸せにするよ」
「え?」
「今なら、そう言ってた」
「……」
「もう、遅いだろうから言わないけど」
この七年の間で自分にはいろんなことがあったけど、紺野もそうなんだろうか。一つ一つ空白を埋めていきたい気持ちと、これからを二人で埋めたい気持ちと、両方が沸き上がってきて胸が苦しい。
こんな時間に、若者が多く集う街にしては大人の男二人が雨の中抱き合う光景は異様だろう。それでも俺は紺野を離すことが出来なくて。
「……遅い、のかな」
「遅いじゃん。もう、めっちゃ元気じゃん、紺野」
「花に囲まれてると幸せな気持ちになるんだ。それに、雨上がりの、項垂れた花を見ると紺野のジェスチャーを思い出してもっと心が軽くなる」
「はあ?」
「こうなってた〜って、教えてくれたやつ」
「…よく覚えてんね」
「覚えてるよ。覚えてるから、全然…遅く、ない、と思う」
「なにそれ」
さっきとは違う肩の揺れ方に、紺野が笑ったのだと悟る。七年も片想いを拗らせて、それで今その相手に告白なんて、と思いながら…言いそびれたのだという言葉より、ずっと伝えたくなってしまった。
雨にかき消されないように、滲んだネオンに溶けないように、もうレンズの壁のない目を覗き込んで。
俺は紺野に好きだと呟いて、とりあえず、デートから始めませんかと提案した。
もう少し続く梅雨の間に新しい傘を買って、紫陽花を見に行こう。紺野は、はにかんでそう答えた。
紫陽花の恋
(二人で梅雨明けを待って)
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