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「ねえ、こーちゃん」

日焼けしたね


キラキラと…いや、ギラギラと輝く水面を眺めるコウに、きよは言う。
コウが目を細めたのは、海と太陽の眩しさからではない。もちろん、日焼けしたことを気にしているわけでもないし、それを指摘されて嫌な気になったわけでもない。

「離れろ」

海水パンツを汚す白い砂。
敷いたシートから飛び出た足には、濡れたうちにくっ付いたその砂がぴったりとこびり付いている。もうサラサラで、触ってみても不快感は無い。このまま帰っても大丈夫な気さえする。

「オイル塗ってあげよっか」

目の前には真夏の海。
青い空と青い海が交わるところが、太陽の光に暈される。引いては押し寄せる波が、それをもどかしそうに見上げている。少し離れた海岸から、その波にぷかりぷかりと浮かぶ海水浴客が所在なさげに揺れているのが良く見えた。
強すぎる日差しに全身の肌を晒して、海水がさらにそれを集めている。

「塗らなくていい」

「こーちゃんってば、照れ屋さんなんだから〜」

「その呼び方やめろ」

「照れ屋さん」

「……もう帰るか」

「もう少しいようよ」

「お前夜バイトじゃねえのか」

「あるけど今日はいいや」

コウの背中から離れたきよの手。ぬるりと指をすり抜けたオイルは砂浜へと落ちた。かと思えば、不意にのびてきた綺麗な小麦色に焼けたコウの腕が、それを遮る。

「夏の思い出だね」

「だったらもっと泳げばいいのに。お前全然海入ってなくね」

折角海に来たのに…そう続けようとして、やめたコウはくっと下唇を噛んだ。
そこから目を逸らしたきよの視線は真っ直ぐ正面へ。その先にあるのはビキニの若い女の子の集団に、必要ないほど肌を密着させるカップル、そして悲鳴をあげる子供。

「こーちゃんの隣で海が見れただけで幸せ」

「安上がりな奴だな」

きよはコウと同じように目を細め、広がる夏の景色を眺める。ただ、そこには夏の熱気も舞い上がりもない。あるのは…

「こーちゃん」

「ん?」

寂しげに揺れる瞳と、宿されたとてつもなく悲しい光。

「夏が終わったら、結婚式だね」

「ああ、そうだな」

「白い袴もタキシードも、その顔じゃ浮いちゃうよ」

「うるさいな」

笑うくせに、酷く切なそうな目は変わらない。

「こーちゃん」

「なんだよ」

「好き」

「うざい野郎だな」

ひと夏の恋と呼べるほど、儚いものじゃない。漆黒の空に咲く大輪の花のように、美しくもない。かといって、思いだすことのないどうでもいい恋でもない。

「本当だよ」

「はいはい」

きよはコウの肩に頭を預け、膝を抱えたまま目を閉じた。聞こえる波の音と、周りの雑踏。どこからともなくセミの鳴き声が聞こえてきたり、そんな音全てが暑さにゆらゆらと揺られている。夏の音だ。

「ねえ、コウ」

「なんだよ」


“結婚、おめでとう”


きよは伏せたままの目で、コウの頬に手を添えた。日に焼けたそこは僅かに熱を帯びていて、ほんのりと紅潮している。明日には鼻先も真っ赤になっているに違いない。そんなコウを見れないのは残念だけど、きよはそんな気持ちを言葉にすることが出来ないまま、自分の声にぐさりと胸を刺された。


僕の分も、奥さんを大切にしてね。 


そのあと、きよはコウの首筋にキスを一つ落とし、「可愛いな」と溢して噛みついた。

この思いが波にさらわれても、
この痕が消えるまでは覚えていて






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