03
「え、何、聞いてないのか」
「……今初めて聞きました」
「…はあ〜……嘘だろ」
「それ、どういうことですか」
「どうもこうもない。そのままの意味、だけど…俺の口から言って良いのかわかんねぇよ」
はあ、と大袈裟なため息を盛大にこぼし、足を止めた先輩につられて俺も立ち止まる。頭の中はまだ、彼の言葉を処理しきれていない。
まだ、孝成さんがバスケから離れたことを理解できていない。
「てっきり、聞いてるもんだと思ってた。ほら、学校での最後の練習の日、部室残っただろ、あのとき…」
あの日は確かに普段しないような話をした。孝成さんの兄弟の事は、と呟くと先輩は「それを話したなら、全部言ってるもんだと思うだろ」と困ったように額を掻いた。
「いや、アイツも少し話したって言ってたし…まあでも、話した上で葉月が落ち込まないわけないとは思ってたし…あー、 そういうことかよ」
「ちょっと、待って下さい…俺まだよく分からないんですけど」
「俺の口から聞いていいのかよ」
「嫌なので今から孝成さんに会いに行きます」
「馬鹿、会いにって…」
「お正月はこっちの家に集まるって、前言ってたから」
「葉月、」
「行ってきます」
「葉月っ、孝成ならこっちに居ないぞ」
「……」
「確かに正月はじいさんの家に親戚が集まるのかも知れないけど、今が一番大変な時期なのに人が集まるとこ居ねぇだろ」
「じゃあどこに、」
「実家だろ。冬休み入ってすぐ戻るって言ってたぞ」
「なんで…」
「なんでって、もう部活もないし受験勉強に専念する為だろ。実際引退してからアイツ、意味わかんねぇくらい勉強してたし」
違う、こっちにいない理由を聞きたいわけじゃない。実家に帰った理由が知りたいわけじゃない。どうして何も言ってくれなかったのか、どうして高見先輩はさらりと俺の知らない孝成さんを口にするのか、情けなくて。
この四ヶ月、孝成さんが居なくても頑張れたのは孝成さんが居たコートを忘れなかったからだ。目の前の事に集中して、他の事を考える余裕もなかった。毎日会いたいとか寂しいとか、そういうことは思っていても、言葉にして甘える余裕なんてなかった。孝成さんの邪魔になるのだって怖い。
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