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時間が、ゆっくりゼロに近づく。

「葉月走れ!」

ファウルを取られる覚悟で強引に進んだ孝成さんは瞬きの間に見失ってしまうくらい早くボールを放った。不恰好なシュートだ。いや、シュートじゃない。パス、だ。

このまま見過ごせば、それはボードに当たって跳ね返るだろう。

「跳べ!!」と、孝成さんが叫んだ。

そうか、リバウンドじゃない。跳んで、手に取ったボールをそのままリングに押し込むんだ。孝成さんの意図を汲み取り、リバウンドに備えていた数人を差し置いて思い切り跳んだ。跳んで、指先を掠めそうになるボールを気持ちで捕まえる。

「っ、」

着地した足はもうガクガクで、体はそのまま床に転がってしまった。その瞬間試合終了のブザーが鳴る。

ああ、終わってしまった…
さっきまで女子の決勝を見ていたのに、プレッシャーを感じていたのに。驚くほどあっさり、試合の残り時間がゼロになった。

テン、テン、と足元を転がったボールが審判の拾い上げられ、その背後で点数が二点、追加されるのが見えた。そう気づいたのと会場から歓声が上がったのは同時だった。ああ、入ったのだ、しっかり、残りの数秒で…俺は孝成さんを“日本一”にしたんだ。高見先輩に腕を引かれて立ち上がり、すぐにその姿を見つける。

汗か涙か、滲んだ視界の中で捉えた孝成さんは肩で息をして、やりきったという清々しい顔をして、それから、俺を見て笑った。泣きそうな笑顔だった。

俺は両手を広げた孝成さんに駆け寄り、汗でびしょびしょに濡れた体を抱きしめた。「良く頑張りました」と、俺だけに聞こえる声で呟いた孝成さんの手が俺の背中にまわされ、何度も何度もそこを摩ってくれた。顔を押し付けられた肩がじわりと温度を掬い、ああ、この人も泣いているんだ、と俺はもう一度しっかり、強くその体を抱きしめた。

試合はたったの一点差で勝負がついた。

勝ったのに俺は泣いてしまったし、応援席に向かって挨拶をすれば号泣する香月が見えて余計に泣けた。本当に終わったんだ。あっという間の一年半だった。こんなにも早い一年半は他になかった気がする。試合が終わって、閉会式でトロフィーと賞状を受け取り、最後に集合写真を撮った。俺にはまだあと一年あるんだ、終わりじゃない。それなのに自分もここで引退するみたいに寂しくて、笑う孝成さんにいつまでも涙が止まらなかった。

孝成さんの夏が終わった。

いつの間にか八月に入っていた世間は、猛暑日が続く予報になっていて俺がそれを知ったのは家に帰って来てからだった。

試合の後孝成さんが控室に籠ることは無く、俺は言いたかったことを言えないまま、孝成さんが話したかったことを聞けないまま、帰ってきてしまった。学校で解散した後も、迎えに来ていたらしい見慣れない車に乗り込んで帰っていく背中を見送ることしか出来ず、結局、一緒にご飯を食べようと言う約束も果たされないまま。初めて思い切り抱きしめた孝成さんの体は壊れてしまいそうなほど疲労していて、ひやり とするほど細かった。筋肉質な綺麗な細身の体といえば聞こえはいいけれど、やっぱり充分に食べれていなかったんだ、と自分の力のなさを嘆いた。

「お疲れ様でした」

ぽとりと落ちた声はセミの鳴き声にかき消され、まだ続く夏の暑さに溶け、孝成さんは俺の前から居なくなった。俺は一人、夏に取り残されてしまった。




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