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耳の後ろを汗がするすると落ちていく。

「藤代葉月、って、意識してたの俺だけだった?」

「はあ、」

「有名じゃん」

「……あんた、疲れてんのによく喋るよな」

「今しか話すチャンスないから」

それはまあ、確かに。
練習試合といっても県外な上学校が遠いからまず組まれないし、地区の大会でも見かけることはない。現に今日、初めて試合をしたし言葉を交わした。もちろん、存在は知っていたし興味もあったけれど。

「興味あったんだよね、俺」

「……」

「決勝まで当たらないって分かってたから、今日、スゲー楽しみで」

「……冬、あんた、居なかったよな」

「あは、良かった知ってもらえてて」

「そりゃ、まあ」

「…負けたからね」

ならば、今回は調整が間に合ったということか。それはそれで、何となく癪に触る。

会話という会話が出来る余裕はない。時間的にも、心の余裕的にも。すぐに途切れる言葉のやり取りも、残りが三分を切ったところで完全に途絶えた。点差は少しも開かず、展開としては苦しい状況だ。それでも、ゲーム自体は楽しくてたまらない。

気持ちいい。孝成さんと呼吸が重なっているような感覚だ。はぁはぁと、自分の荒い呼吸と、孝成さんの落ち着いた静かな呼吸が。重なりあって、溶けて混ざり合うみたいな。

「っ、あ…」

「葉月そのまま打て!」

前橋を抜くのと高見先輩が叫んだのはほとんど同時だった。俺は反射的にそままシュートを打ち、不格好に決まったそれにガッツポーズをとる暇もなくすぐに下がる。

タイマーが一分を切る。
一秒ってこんなに早く経つものだったか、と気持ちが急く。けれど、漫画やドラマでの一秒が長すぎると思わず口にしてしまう感覚はない。確かに、今の一秒は長いのだ。同じように正確に進んでいるはずなのに。短いと長いの奇妙な感覚の狭間で、孝成さんがカットに成功する。ボールは自由に孝成さんの手元で揺れ、気持ち良く相手をすり抜けた。

綺麗だ。目を見張るほど。
楽しそうな孝成さんの目が、コートの中をぐるりと見渡す。その目が俺を見つけ、僅かに細められた。ああ、好きだ、たまらなく。バスケが好きで、ここまでやってこれたけれど、今は“勝ちたい”より“孝成さんとバスケがしたい”という気持ちの方が大きい。
コートの限られた空間で、誰より大きくある背中が、鮮やかにポイントを決めた。ポジションもプレースタイルも違う、役割も違う、それでも憧れ続けた人だ。

これは間違いなく憧憬で、けれど劣情だ。
どうしようもなく胸を焦がすこの感覚がただの憧れで片付けられてしまったら、俺はこの先ずっと孝成さん以上に人を好きにはなれないだろう。今の時点でも他の誰かを好きになる可能性はゼロに等しいのに、彼に失恋して先に進むことも出来ないと言うのなら俺自身が雁字搦めにされてしまう。

「一点差…」

誰かの呟きに、頭の仲が冷たくなる。はっと我に返るほどトリップしていたわけではないのに、タイマーのカウントだけが妙に赤々と光っていて目が眩んだ。一点差、どっちが追っているんだろう。残り時間が一桁になる。最後のワンプレーだ。ボールは孝成さんの手。敵のマークが必要以上に孝成さんにべったりで、パスさえも出させないと言っているようだった。そうか、これを抑えられたら、俺たちが負けるのか。

冷静に、そんなことを思って、どうせなら同点で終わって、延長戦をしたいなんて不謹慎なことを、再び思ってしまった。それくらい、まだ終わってほしくないのだ。




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