32
自分の手元に来たボールを、死んでもとられてたまるかと、それくらいの気持ちで吸い付けて、前橋のガードを抜ける。たった六点差。孝成さんがスリーポイントを二本決めたら同点。でも、そう簡単に勝たせてはくれないし、ここにきて疲れも見え隠れしている。恐ろしいほどの集中力でここまで来たのだ、孝成さん本人も気づいているはすだ。それでも、キュキュッと素早くディフェンスをかわしてスリーポイントラインの外から遮られないような速さでシュートを打った。時間が止まるような、本当に、ぞっとするほど綺麗な。
点が入る度歓声が沸く中、孝成さんのそれは一瞬の沈黙を作る。そのあとでわっと声が上がる。
鳥肌がたつ。それから、瞬きを忘れていたことに一拍遅れて沸く歓声に気付く。
「こえーな」
「…ああ?」
「主将。あんなシュート他にないよ」
そんなことは言われなくても知っている。
俺がどんなに彼のレベルを目指しても求めても、到底追いつけない。その背中はずっと憧れで、神様みたいな…いや、自分の中ではもう完全な神様で。
「つか、もっと自分の心配しろよ」
「は、」
前橋を振り払うとすぐにパスが流れてきて、パシ、と心地良い音が響いた。視線を泳がせないで、低い位置でドリブルをして、何処を攻めようかと二秒ほど考えてすぐに自分で前に運ぶ。
抜ける。
歯を食い縛るほど体力に限界は来ていない。それでも気を抜いたら足元がふらつきそうで、滑らないでくれよと頭の隅で考えた。
ゆっくり、前橋の体が揺れる。引っ掛かれ。
「っ、」
フェイクにかかるかかからないか、際どい瞬間だった。それでも悠長に挑発している時間はなく、迷わず突っ込んでゴール下の高見先輩へボールを放る。そのボールは先輩から俺へ、すぐに返ってくる。それを受け取って早いステップでゴールを決める。
低い位置で高見先輩とタッチを交わし、すぐに切り替えて下がり、前橋のマークに戻った。
あと六分。
スコアボードは77-76。どっちが勝っているんだっけ、と正直よく分からなくなりはじめている。体が妙に軽く感じられ、もう抜かせない、抜かれないという自信まで芽生えてしまっている。
「はは、流石に、疲れるね」
「……」
「もう抜けねーよ」
「いや、俺も、抜けないわけにはいかないからさ」
「疲れてるじゃねぇか」
「……それはお互い様、でしょ」
「俺は疲れてない」
暑くてたまらないし疲れは多少感じている。でも、足は軽いし心臓も苦しくない。今怪我をしても大して痛みを感じないのでは、と思えるくらいアドレナリンが出ている気がする。
back next
[ 85/188 ]
>>しおり挿入
[top]