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落ち着け…大きく深呼吸をして、コートを端まで見渡して、誰がどこに居て時間は後どれだけで、自分はどのくらい疲れているのか。頭のてっぺんから足の先まで空気を送り込んで、心拍数の多い心臓をぐっと抑える。ユニフォームがくしゃりと乱れ、けれど、すぐに手を離して前橋につくと前橋も真剣な目でコートの動きを見つめていた。

脳みそが沸騰しそうに頭が熱い。熱がこもっている。顔も、皮膚の下が煮えている様な感覚だ。汗ばんだ掌をズボンで拭う。3クオーターが終わった時点で六点差。負けている。孝成さんが主導権を握っている筈なのにリード出来ないのは、自分があっさり向こうの稼ぎ頭である前橋に抜かれているからだ。チーム全体の動きや雰囲気は決して悪くない。

「負けたら、それはもう分かりやすく“力の差”だ」と、高見先輩はドリンクを飲み込んだ口で小さく零した。
でもそれで許したくないと初日に言ったのはこの人だ。

「葉月、下がるか」

「……下がりません」

「でもこのままじゃ勝てない。お前を下げて俺が前橋のマークにつく。代わりに他の三年を─」

「出してください」

「葉月、」

「今、この場で、一番勝ちたいと思ってるのは俺です」

監督はもう何も言わない。
じっと、高見先輩の言葉を聞いている。

「お願いします」

「……勝つ気があるなら死ぬ気で止めろ。今ここで勝たなきゃ、お前はずっとあの二年を引きずるぞ」

「はい」

個人的な気持ちは、まさに副キャプテンの言う通りだ。加えるとしたら、それより大きなことが一つ。孝成さんとの最後のゲームの結果だ。

「大丈夫」

「……」

「この試合、勝つのはうちだよ」

「お前それ口癖にすんなよ」

「本当に勝つよ」

「孝成」

「死ぬ気でやれって言ったのは高見だよ」

つま先をコートのラインに重ねて立つ。もう勝つというビジョンしか思い描いていない孝成さんに、苦しくて気持ちがいいくらいのプレッシャーを感じた俺に「それに、葉月の力不足だって言うなら、それは葉月だけじゃない。葉月はうちの中で誰よりも努力してきたんだから」と、俺だけに聞こえるように孝成さんは魔法の言葉を呟いた。

あと十分。終わってしまう。まだ終わらないで。早く勝ちたい。でもまだ終わってほしくない。

夜の海みたいに穏やかで静かな声で、孝成さんは「勝つよ」と言う。本当は誰より闘争心を剥き出しにしているのに。

「いこう、最後だ」

泣きそうだ。
でもまだ泣けない。

ぐっと唇を噛んで、震える息を吐いて、『10:00』から『09:59』と動き出してしまったタイマーから目を逸らす。



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