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孝成さんからのパスをもうカットされるわけにはいかないと、ぴったりつく前橋をなんとか避けて受け取り、打てなければすぐに外へ戻す。ああ、難しいな、なんて、呑気なことを一瞬考えたりして、前半を同点で終えた。

「厳しいね」

「えっ、」

「点数とらせてくれないから」

「あ…」

「でも延長になったらこっちが有利だと思うんだ。それを向こうもわかってるから、後半攻めてきそうだね」

タオルで口元を押さえながら、少し肩を揺らす孝成さんは残りの2クオーターで何が出来るかを考えるようにコートを見つめた。

「俺にパス、下さい」

「マークキツイでしょ」

「振り切ります」

「……俺が居て欲しいと思った場所まで走れる?」

「走ります」

「体力オバケだよな、ほんとこういう時だけ」

「普段からしてる努力の賜物だよ。高見も、もっと攻めていい」

「ああ…リバウンドどうする」

「こっちは必要ない。外さないから。ね、葉月」

「う、はい…」

「自信ないの」

「あ、あります」

「よし」と、笑った孝成さんはすぐに顔を引き締めて後半の作戦を頭の中で作り上げた。すごいな、この人は。昨日の姿が嘘みたいに、今、統率者の顔をしている。

バスケを始めたのは物心がつくより前で、ご飯を食べて歯を磨く、呼吸をする排泄をする、それと同じくらい当たり前に必要なものになっていた。自分の意志で練習が辛いとか、疲れてもう動きたくないとか、そういうことを考え始めたのはすっかりバスケから足を洗えなくなってからで。
じゃあこの先どこまでバスケをして、何を目標にするのか、ずっと考えるのを避けてきたことが、今目の前に孝成さんの“引退”を突きつけられて考えようと思い始めている。

楽しいこと、好きなこと、やりたいこと、それだけで生計を立てて生活して老いていけるならこんなに幸せなことはない。逆に香月は、俺と同じようにバスケ漬けの生活を送りながら、それはあくまでも好きなこと、で完結している。だからこそ強いチームに、という拘りはなかったし、将来的にもバスケは趣味の一つになればいいと思っている。双子だから、と比べられながら、同じように育てられながら、それでもこんなに違った考えを持って、俺だけが置いて行かれている。

高見先輩にしたって、彼には大学でバスケを続ける意思があって冬まで部活を続けるし、他の先輩の大半は“せっかくこの高校に入れたのだから”と、大学受験を真摯に受け止めこの夏で引退していく。じゃあ俺はいったいいつまでここに残って、推薦だからと甘えたこと言うのか、この試合が終わったら考えなければいけない。学びたいことを考えて大学に進むのか、バスケをさせてくれる大学を受けるのか、実業団に入るのか、それともバスケを趣味にして就職を希望するのか。

そのどこにも孝成さんが居ないのはもう到底考えられないけれど、きっと孝成さんだって簡単にバスケを辞めたりしない。ここが一区切り、というだけで…




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