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「はぁ〜!!」
「疲れた…」
「後半絶好調だったじゃん」
孝成さんの指示通り…正確には自分が何本シュートを決めたのか分からないけれど…点差を埋めるくらいは出来たはずだ。監督からの言葉も、終盤が良かっただけにキツイものではなかった。試合終了のブザーが鳴ったとき、まだ、もう少しプレーしていたいなと、正直思った。逆転に成功して、きっと少し油断していた相手チームに十点の差をつけて勝利した。試合の後の反省会では明日の決勝に進むのだと言う妙な緊張感に襲われ、俺は一言も喋れなかった。
決勝…
そうか、勝っても負けてもあと一試合。時間にしたら二時間もない。
初日の緊張がぶり返しそうで、それでも孝成さんの“楽しんで”という言葉一つで本当に楽しくなるのを知っている。明日、写真の真ん中でメダルを首にかけてトロフィーを持った孝成さんが見たい。笑うか泣くか、どっちだろう。俺はどっちの孝成さんが見たいんだろう。
追い続けてきた人と肩を並べて全国制覇できるチャンスは、もう巡ってはこない。同じ大学に進むことはまずないんだ。そう考えると悔しくてたまらない。孝成さんを引き留めて、せめて冬まで居てくださいと格好悪く泣きつきたくなるし、大学だってどこに行くのか教えて欲しい。こんなに情けない俺を、孝成さんはどう思うんだろう。
「あ、そういえばさ」
「……」
「いや聞いてよ」
「なに」
「なんだったの、昨日」
「え?」
「部長。わざわざ呼びに来たじゃん葉月のこと」
「あ…」
「今日体調悪そうだったし、もしかして昨日の夜から?明日厳しいかもって話だった?」
加藤はもう寝る準備万端の格好で手元の携帯と俺の顔を交互に見て問うた。
そうだ、聞いていない。明日で良いよと言われたはずだけど、孝成さんは来ていない。もう寝てしまっているかもしれないと思いながら俺も携帯を握りしめ、水城孝成の名前を呼び出した。数回の呼び出し音のあと「もしもし」と聞こえたのは聞き慣れたものではなく。
「高見先輩、ですか?」
「おお、孝成ならもう寝てるぞ」
「えっ、あー…そうですか」
「なんか用だった?起こすか?」
「いえ、大丈夫です。明日、でも、いいことなので」
「そうか」
人の電話に出るのか、と友達ならつっこんでいた。
でも高見先輩と孝成さんの仲は少し特別で…何が特別なのかと聞かれたらうまく答えられないけれど…とにかく、周りとは違う何かがあるように見える。それに加え孝成さんが天然ボケだから…
「お前も早く寝ろよ」
「はい…お疲れ様でした」
「明日」
「はい?」
「明日、孝成が控え室から出てこなかったら、頼むわ」
はっきり物事を述べる副部長が、僅かに口ごもった気がした。
一瞬躊躇ったように僅かな間があり、でもそれは気にしなければ気にならないようなものだった。普段から、ズバズバ言われているからこそなんだろ、と感じただけで。数秒の沈黙の後、俺は「はい」とだけ答え、電話を切った。今日、もう一度だけ孝成さんの声が聞きたかったなと、そのあとで思ったもののもう遅く。大人しく布団にもぐりこんでドキドキする胸を押さえて目を閉じた。
その夜見たのは孝成さんと笑いながらバスケをする夢だった。
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