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「……具合が悪い訳じゃない。個人的なストレス、だから」
「それ、俺が言ったら孝成さん怒りますよね」
「……」
「何があったとか、俺に出来ることとか、聞いてもいいなら聞きます。でも、それも出来ないならせめて、心配くらいさせて、ください」
「はづ、」
「俺が耐えられないんで」
「……大したことじゃないんだ」
「だから、」
「昨日笠山に会った、それだけのことだよ」
「笠山さん?」
「そう、笠山に会って、ペースが乱れた」
「……でも、笠山さんは友達じゃ…」
思ってもみなかったことを言われ、昨夜の“笠山”さんの顔を思い浮かべる。孝成さんのストレスになるような事を言っていただろうか…あのあと連絡を取って何か言われたのかもしれない。もしかしたら当時何かあったのかもしれない。
そんないろんな可能性を並べたけれど、どれも不正解だった。
「笠山、二番目の兄と…何て言うかな、知り合いなんだ。それで昨日俺と会ってから連絡したみたいで、兄から電話がかかってきたんだ」
「二番目の、お兄さん…」
「そう、あんまり仲の良くない」
最後の練習のあと、孝成さんがしてくれた
話が甦る。妹と、兄が二人。妹とは普通に会うけれど、上二人とはほとんど顔をあわせていないと言っていた。年末年始やお盆の家族が何となく集まる場でも、だ。孝成さんの家の事情を追及することは出来なかったものの、何かあるんだろうなと、ぼんやり考えてはいた。
「あの人、俺がバスケしてるのよく思ってないから。まあ…いろいろ嫌なことを言われて、それで、胃が痛くなっただけ」
「…吐くほど、ですか」
「笠山が悪い訳じゃないんだ、ただ、高校に入ってからそれまでの知り合いには誰とも会ってなかったから、少し、動揺した、のかな」
「……」
「ほら、葉月が心配するよなことじゃないだろ」
「…俺は、どうしたらいいですか」
「試合に出て」
お兄さんに何を言われたのか俺が知ることは一生ないのだろう。それは別に構わない。でも、孝成さんが傷つけられたのだとしたら、それを引きずったまま負けるわけにはいかない。せめて勝ちたい。勝って、もう一試合この人とコートに立ちたい。
少し色を取り戻した唇が、僅かに動いて赤い舌先が乾いたそこを舐めた。ハーフタイムはあとどれだけ残っているだろうか。間に合わない、なんてことはないにしても体育館に戻る高見先輩に呼ばれて出ていくなんて訳にはいかない。俺は腹が痛かったと言えばまだ許される。でも孝成さんが戻らないのは問題だ。
「後半、立て直せると思いますか」
「葉月はどう思う」
「……見てる側なら少し厳しいかなって思います」
「そう」
「でも、今ここで負けるわけにはいかないじゃないですか。俺、約束しましたから。孝成さんを日本一にする、って」
「……」
「孝成さんが勝ちたいって、必ず勝つって思っててくれないと、俺は約束を守れません。俺は勝ちたいです。勝って、最後の試合を孝成さんと戦いたい。最後の試合、楽しかったって、孝成さんにも思ってほしいです」
「葉月」
「孝成さんが…」
「まだ泣くのは早いよ」
「泣いてません…」
「泣くのは明日」
「、」
「俺はこの試合、負けるつもりないよ。葉月も高見も体力は有り余ってるし、ベンチでもどかしそうにしてるメンバーも居る。二十点の差、葉月が十本決めてここから先相手が入れた点数分、みんなで取り返せば追い付く」
それが簡単なことじゃないって、孝成さんが一番よくわかっているはずだ。でも、俺を真っ直ぐに見る目には、試合前の、試合中の、強くて硬い意思が宿っている。
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