06

四ヶ月前のインターハイは二回戦敗退という散々な結果だった。全国大会常連、なんて所詮はその年のチーム構成によるのだ。三年生の夏が終わったその日、俺は一年生でただ一人レギュラーに入れて、浮かれていたんだと思う。敗けを悔やんで引退する先輩の背中に、泣きそうになった。まさにその日、更衣室で偶然孝成さんと二人きりになった。
孝成さんのプレーは完璧だった。間違いなく俺が目を奪われた、“水城孝成”の試合だった。足りなかったものと言えば、それはたぶんチーム力。三年生の先輩達から孝成さんへの信頼の薄さ。

「葉月」

孝成さんは俺と二人きりの更衣室で俺の名前を呼んだ。切ないその声は“敗北”を味わった彼の、彼なりの、罪悪感なのかもしれないと思った。元気付けてほしいのかとも思った。端から「次期キャプテンの舎弟」と笑われるくらいに俺は孝成さんにべったりで、けれどそんな顔を見たのは、声を聞いたのは、初めてだった。

目が合って、「はづき」と囁かれ、どうしたのと問うて返ってきたのがキスだった。とてもゆっくりな動作だったのに拒絶しなかったのは、能が逃げろという命令をしなかったからだ。
あの、気が狂いそうに暑い日から続いている、奇妙な関係。疑問はたくさんあって、でもそれは全部捨てた。孝成さんが俺に求めるものがあり、それに俺が答えることができるならそれでいいと、そう思ったからだ。

「腕ぶれすぎ」

「うそ、鈍ったかな」

「休み長がすぎんだよ」

「だよねー」

俺はたぶん、孝成さんがほしい。
憧れ続けた孝成さんと同じコートに立ち、パスを受け、パスをして。欲しいところに与えられるボールは魔法のようだった。まるで自分が英雄になったような、そんな錯覚を起こしそうになるくらい、孝成さんのボール捌きは綺麗で、一瞬だ。コートでは彼に絶対服従なのに…
俺を見上げてキスを求めた孝成さんは俺に屈服しているように見える。その征服感がたまらない。誰も知らない孝成さんの弱い部分と、何処にもやれない欲求を俺が全て受けている感覚。

「なんか賭けしよ」

「やだよ。おまえズルするだろ」

「しないよー。フリースロー対決は」

「一対一でいいだろ」

「んー、じゃあいいよ。わたしからね」

でも、孝成さんのキスは孝成さんのものだ。一度だけ、キスを堪能した彼を思わず抱き寄せ。汗の匂いと濡れたキスの音に、理性が飛びそうになったのだ。その時心底驚いたように目を見開いて「なに?」と言われてしまい、それ以来抱き締め返したりキスに答えたりは出来なくなってしまったのだ。

「あ」

「あ?」

「タカナリさん」

「え?あっ、」

指の差された方へ気をとられ、顔を向けた隙に素早く俺の脇を抜けた香月はそのまま簡単にシュートを決めた。今のはせこいと言ってやりたかったけれど、実際本当にその先には孝成さんが居たから言葉にはならなかった。

「孝成さん」

「ほんとに居た」

暖かそうなMA-1にいつものマフラーを下手くそに巻いた孝成さんは、していたマスクをずらして「葉月」と笑った。ゴツいスニーカーが孝成さんらしくなくて、でもそれが格好よくて、香月のずるなんてどうでもよく思えた。
自転車をおりて、背負っていたリュックをもぞもぞ揺らしながら爽やかに近寄ってくる孝成さんに自分から駆け寄ると、いつもと違う匂いがして心臓が跳ねた。




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