20
自分のジャンプボールで始まった試合は、流れるような動きでまず先制の一本が孝成さんのアシストで決まった。体は軽い。チーム全体の雰囲気も良い。
「孝成!」
「五番マーク下がれ!」
ただ、孝成さんの様子がおかしい。
全国大会準決勝の雰囲気、圧倒的な観客数と、歓声、普段感じることのない熱量、プレッシャー、緊張、勝つことへの固い意思。凛々しく美しいはずの横顔が、眉間に寄せられたシワのせいで眉が歪んでいつもとは別人だった。
高見先輩のよく通る声でさえ聞こえているのかいないのか、いつも以上に早いパス回しでゲームをコントロールしようとしている。
気持ちが悪い…そう感じるような展開だ。
「孝成さ─」
「葉月走れー!」
「っ、う、」
孝成さんの手元を見ていなくても、パスの行方を追わなくても、自分の手にぴたりと向かってくるはずのボールが、指先を掠めてラインを越えた。
ピッ、と審判が笛を吹いて相手チームがスローインのためにコートを出る。
「葉月、」
「すみません」
「いや、おかしい」
「……」
「気持ち悪くねぇか」
「、はい」
「アイツには俺から言うから、お前は自分の仕事きっちりしろ」
「はい」
思うようにゲームは進まない。
俺達が数点を追う状況が続き1クォーターが終わった。良かったはずの雰囲気がガラリと悪くなっている。コートに立っていた全員が、違和感を抱いていたはずだ。監督のアドバイスも頭に全然入ってこない。
そんな俺の横で高見先輩が「孝成りを下げる」と言い放った。
「高見、キャプテンは俺だよ」
「そのお前が空気壊してんだよ」
「たか─」
「トヨ、次出れるようにしとけ」
「はいっ」
指名された豊峯は孝成さんと何か言葉を交わし、2クォーターの途中からチェンジした。そのせい、というわけではないけれど、試合の流れを一気に掴まれ、点差が二十まで広がったところでハーフタイムに入った。
絶望的な点差ではない。それでもキャプテン不在でこの点差は精神的に厳しい。暑くて汗が吹き出しているのに、背中が冷たい。濡れたユニフォームのせいだと言い聞かせても寒く、肩にタオルをかけて体育館を出た。
「葉月」
「、はい」
「トイレ」
「え?」
「そこのトイレ。個室の一番奥」
「えっと、」
「孝成がえずいてる」
「は?」と、声が漏れた。
控え室に戻る途中、高見先輩はこっそりと耳打ちして俺の腕をトイレの前で押した。そう言えば孝成さんかがコートを出てから、その姿を見ていない。
俺は言われた通り、個室の一番奥の扉をノックした。他に人は居ない。
「孝成さん?」
「っ…」
扉の向こうに気配はある。
けれど出てくる様子も返事もない。
もう一度、ゆっくりノックをして「孝成さん」と呼ぶと、コツ、と指先が触れるだけのノックが返ってきた。
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