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孝成さんよりやや低い身長に黒い短髪。孝成さんと同じ塾に通っていたならこの人も頭が良いのだろう。加藤みたいな性格をしていそうだけど、見た目は笠山さんの方が賢そうだ。

「え、水樹大学受験、だよな、」

「うん」

「だよな、お前のとこみんな優秀だったもんな。水樹も同じ大学だろ?お兄さん達と」

「一応、ね」

「はーすげーな、てか余裕じゃん」

「全然、余裕じゃないよ」

「でもこの夏休みに部活出来るって余裕感じる」

孝成さんがどんな顔で話しているのか気になってその背中に近づくと、笠山さんが「二メートルくらいある?」なんて質問をくれた。

「そのくらいです」

「すっげーね、世界が違いそう」

俺は高校受験だってまともにしてないし、大学受験もするか分からない。どこか声をかけてくれたり、その枠を狙えると言われればそれも考えるけれど…孝成さんや笠山さんみたいに志望校があって、そこに向けて追い込むほどの受験はしないだろう。だからこの二人の感覚も分からないけれど、学校全体の空気を思い出してみると「笠山さんの言う通り」だと気付いた。
うちの高校はバスケ部が特殊なだけで、三年生のバスケ部員でなければとっくに部活も引退して受験勉強に徹している。

「えっと…何くん?」

「藤代です」

「藤代くんね、覚えた。背の高い藤代くん。試合はいつまで?」

「明日、明後日…それが終われば帰ります」

「じゃあそれまではこっちにいるんだ?」

「…ホテルは、移動しますけど…あれ、移動しますよね?……孝成さん?」

「ん?あ、うん」

「そっか、明日の試合は?どこでやるの?」

体育館の名前と時間を告げると、笠山さんは応援行けそうだったら行くよと笑い、孝成さんの連絡先を聞いてから去っていった。高校以外での孝成さんの知り合いに初めて遭遇した俺としては、もう少し彼の話を聞いていたい気もしたけれど時間は遅い。話したいことがあると言ったのは孝成さんなのに、思わぬタイムロスで「明日にするよ」と結局されるはずだった話を俺は聞けないまま孝成さんを部屋まで送り届けた。

少しくらい遅くなっても良いから話をしたかった。改まった空気は苦手で、孝成さんの話の切り出し方には緊張もした。でも、お預けを食らったままの方が気になって仕方がなく、ドアを閉められる直前にもう一度「話、今じゃなくて良いんですか」と問うてしまった。孝成さんは小さく笑って俺の頭を撫でると「明日もあるから。今日はもう休んで」と俺を諭した。

「た、孝成さん」

「うん?」

「また、明日…」

「ん、また明日」

“また明日”ドアは閉まり、姿も声も消されてしまった。

あそこで笠山さんが現れなかったら、俺は何を言われていたんだろう。あの人が現れた事に何か意味があったんだろうか。夏の、蒸し暑い夜なのになんとなく背中が寒くなる気がしたのは、気のせいだったのだろうか。
初戦を迎える前が緊張のピークで、そのあとは緊張より興奮が勝り、試合は楽しくて仕方がなく、正直去年の悔しさはもう挽回している。それくらいには楽しかったのだ。インターハイ、大学からの推薦、実業団のスカウト、それを意識しながら、俺はまだ自分がこの先どうしたいのか、ぼんやりとも分からない。それでもこの楽しさを、もう少し味わえるのならどれでもいい。そう思っていた。

五試合目、試合開始のブザーが鳴るまでは。




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