17
「誰?」
「部長」
「え?孝成さん?」
「あ、お疲れ、葉月」
「お疲れ様です」
「ごめん、ちょっと付き合ってほしくて」
「えっ、あ、はい、」
「ん、鍵。俺ももう寝るから」
「あ、ああじゃあ」
部屋を出て孝成さんの隣にたつと、下のロビーまで階段を降りていくのでそれに続いた。Tシャツにハーフパンツの後ろ姿を見つめ、たまにぴょこぴょこと揺れる髪をばれないよう指先で一度だけ弾いた。
初日の、高見先輩に見つかって話した時間よりは早く、ロビーの窓から見える外はまだ賑やかだった。通り過ぎていく人も見える。
「疲れてる?」
「さすがに、少し」
「でも今日の試合、すごく良かった」
「ギリギリでしたよ」
「楽しかった」
「それは、まあ」
一試合目二試合目はそこそこ褒められるものだったけれど、昨日の三回戦は酷かった。結果としては勝ったものの、予選の最終試合を思い出させるような、俺にとっては最悪な内容だった。一晩で切り替えろ、と高見先輩にはキツく言われたけれど、言ってくれてありがたかったかもしれない。
おかげで今日は思い切りやって、ひやりとする場面をいくつも迎えながら、最後はきちんと勝ちをもぎ取った。
「あと二試合」
「はい」
「葉月、言っておきたいことがあるんだ」
「はい…」
「引退のことだけど」
“引退”と、紡いだ孝成さんの声はとても落ち着いていて、少しも躊躇いを孕んでいなかった。自分達の他に知り合いのいないロビーで、すっ、と放たれた言葉に動揺したのは俺だけで。
孝成さんの口からインターハイが終わったら引退するということは、以前に聞いた。それを改めて「前にも言ったけど、インターハイが終わったら引退する」と二度も言うのだから、何か他にもあるのだろう。
「それで、その後のことだけど」
「はい、」
「っ─」
薄い唇が声を発するのと同時に、座っていたソファーから近い、道路に面したガラスが『バン』と、大きく音をたてた。その音に飲み込まれた孝成さんの声。二人分の視線が反射的に窓ガラスに向けられた。
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