16
翌日、あまりよく眠れていないと感じたものの体は軽かった。会場の体育館に入ると一年生がすぐに準備をしてくれた。出番は第二試合。一試合目の空気は既に出来ていて、体の奥がじわりと熱を帯たのが分かった。
目を閉じていただけで寝ていたかは知らないと言われた孝成さんは今朝も絶好調で、俺は何故かそれに安心して胸を撫で下ろした。じくじくと、体も胸も奥が疼くのには気づかないふりをして。
第一試合が終わる頃には、さすがインターハイといった感じでギャラリーが賑わっていた。いくつも部旗が引っかかる手すりから視線を監督に戻し、足元から沸き上がってくる興奮に軽く足踏みをした。
「緊張がとれた、って感じだ」
「わ、孝成さん…まだ、完全じゃないですけど」
「でもいつもの葉月だよ」
昨日は確かに口数も少なかったし、あからさまに気分が悪いという顔をしていたかもしれない。自覚はある。
「いつもみたいに、楽しくプレーすればいいから」
「…はい」
「ん、じゃあ、」
行こうかと、孝成さんは俺の背中を軽く押して肩にかけていたタオルをとった。それ几帳面に畳んでベンチに置くのを見届けて、そな背中に続いた。
いつものユニフォーム。くらりと、一瞬視界が揺らいだ。眩しい。背中の“4”が、孝成さんの背中に堂々と掲げられている。その隣に高見先輩が並ぶ。孝成さんの顔が高見先輩を見て、何かを呟いた。その横顔は凛としていて、ああ、好きな顔だ、と場違いなことを思った。静かに張りつめた糸が、眼差しが、ゆっくりコートに溶けていく。
もう手は震えていない。代わりにひどく興奮していて、試合開始のブザーに胸が高鳴った。
“お疲れ!四回戦突破おめでと!明日応援行くよ〜”という香月からのメッセージを見たのは、四試合を終えた夜だった。
「なに、女子?」
「まあ」
「はあ!?え、うそ、まじ?なんだ香月ちゃんか〜」
返信はしないで携帯をジャージのポケットにしまうと加藤は心底安心したようにため息をついた。心身ともに疲れている上、明日明後日とまだ続く試合に気が滅入りそうな今、張り合う元気はお互いにないから俺も安心した。
コートに立つと体は勝手に動いてくれるけれど、こうして体育館を離れそれぞれの部屋に入るとダメだ。どっと疲れを感じる。真夏の日差しを避けた、日に日に人の出入りが多くなるアリーナで、今日も勝ったぞと安堵しているのに。
「ダメ、俺先寝るわ」
「俺も疲れたしもう布団入ろー」
何人かがいつもよりずっと早くそれぞれの布団に入るなか、俺ももう寝ようと思ったところで加藤の声に呼ばれ重い体を引きずってドアに向かった。
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