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初日の開会式は滞りなく進み、一年ぶりの感覚に足元は少しふわついていた。何百人と集まったこの中で、それでも孝成さんの存在が異質だと感じている人がどれだけいるんだろう。
俺より背の高い選手が、高見先輩よりがたいの良い選手が、何人もいるこの中で。頭の中で、ぐるぐるといろんなことを考えるうちに気分が悪くなり、宿までの移動の間は本当に寝てしまった。おかげでその日の夜はなかなか寝付けず、深夜に部屋を抜け出した。

「あれ、葉月?」

「、高見先輩…」

「何、緊張して寝れねぇの」

「…すみません」

部屋を出た通路の突き当たり、自販機と安っぽいソファーが置かれたスペースは、大きな窓があって月がよく見えた。部屋を抜け出したというほどの緊張感はなく、本当に寝付けなくて気分転換に出ただけだ。余計に寝れない気がするなと、腰をあげたところで高見先輩に見つかってしまった。

「まあ、去年はあっさり負けたからな」

「俺、インターハイ出場ってだけですごいと思ってました。もちろん今でも思いますけど、なんか…当たり前みたいな反応されるじゃないですか」

「うちはなあ…強い選手集めて環境も整ってるし。県の代表、ってレッテルのおかげで声をかけなくても来てくれる奴も多いから」

「それでも去年は一つしか勝てなかった。俺が入部してからそこまで、公式戦でも練習試合でも負けたことがなかったから、すごい焦ったんですよ。勝つのが当たり前じゃないのに」

「負けるってことは財産だよ。あの日の敗因を考えて、何がいけなかったか、次はどうしたら良いか、うちには何が足りないか、監督もコーチも顧問もいる、じゃあ次負けないために自分がするべきことは何だって、少なくともそうやって自分を省みるためには負けなきゃいけない。意味があったんだよ、去年、負けたことにも。それが力不足なら今度はそれを理由に負けて、悔しい思いをしないために」

「……」

「なんて、あの日で引退した先輩の前では絶対言えねぇけど」

高見純輝といえば小学生の頃からの有名人だった。中学も強豪校、高校は地元を離れてうちにきた。この人は、ずっと強い。

「俺は冬まで居るけど、残るのは俺を含めてたった二人。あとの三年生はここで引退する。だからもし明日負けて、お前が後で振り返ったときに必要な負けだったって思ったらムカつくからなぁ」

「そう思う頃に高見先輩は居ないじゃないですか」

「まあな。だから俺も言えることだしな」

「……孝成さん、もう、寝てますか」

「あー…どうかな。寝てるように見えたけど、目閉じてただけかも。アイツ警察犬だから」

高見先輩は冗談めかして小さく笑い、そろそろ戻るぞと腰をあげた。

「俺、絶対勝ちます」

「おっ頼もしいな」

「孝成さんの為に」

「ははっ、なんだそれ。そこは三年の為にだろ」

「主に、孝成さんの為に」

「はいはい。頑張ってくれよ。じゃなきゃアイツも報われないから。花道飾ってやらねぇとな」

通路には弱い電気が点っていた。
背後からの月明かりが届かなくなってからそう気づき、隣の部屋の高見先輩と別れた。二段ベッドが並ぶ部屋は少し寒いくらい冷房が効いていて、温度をあげてから自分の布団に入った。
すぐに起きなければいけない、すぐに朝が来る。ついに始まってしまう。僅かに手が震えていて、昼間の孝成さんの感触を思い出しながら、やっと目を閉じた。



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