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去年はこんなに緊張しなかった。むしろわくわくの方が大きくて、それであっさり負けてしまったから今年こんなに緊張しているのだ。もちろん、それだけじゃないけれど。どちらかといえばそれより孝成さんのことが大きい。

「それ以外は良さそうだね」

「あ、はい。体調は絶好調です」

「腹下されても困るからな」

「もー高見先輩のせいで余計に緊張しするからやめてください」

高見先輩は「悪い悪い」と悪びれた様子もなく謝り、ほかの部員の貴重品回収に回った。俺より背が高くて、体つきもしっかりしている。孝成さんにしてみれば俺より身近なはずの副部長は、それでも俺みたいな対象ではないのだろうか。たまにそんなことを思うけれど、二人を見ているとそんなあいまいなものではなく、硬い絆のようなものがあるのだと思い知る。一年、たった一年の差なのに。

「孝成さんも、少し顔白いですよ」

「朝早いから」

「ちゃんと起きれました?」

「起きたよ。アラームたくさん設定して」

何気ない会話はそれだけだった。ぞろぞろと全員が集まり、「整列しよう」と孝成さんが視線を逸らしたから。整列して、監督と顧問から話が合って、送り届けてくれた親を前に孝成さんが挨拶をして、バスに乗り込んだ。

やっと少し夏らしい空気になり始めていて、けれどまだ涼しい。一時間も高速を走ればそのうちにカーテンを閉めなければ耐えられないくらい暑くなるのだろう。俺は図々しくその窓から外を眺める孝成さんの隣に座った。余裕があるほどのバスではない中主将の隣に自分みたいなでかい平部員が座ることは何人かに止められたものの、本人がいいよというので遠慮なく座らせてもらった。

見慣れた町を通り過ぎるうちはまだ賑やかで、高速に乗ってサービスエリアに寄った時も修学旅行生みたいな気分でどことなく穏やかだった。そこからは何人かの寝息が聞こえてきて、孝成さんもカーテンの隙間から外を眺めるだけで盛り上がるほどの話はしなかった。それでも、不意にこっちを見て、視線を下げ、高見さんのタブレットで初戦の相手の試合動画を見ていた俺の手を握る。

「孝成さん?」

「温かいな」

「孝成さんが冷たいんじゃないですか?上、冷房弱めます?」

「いや、いい」

それだけ言って、けれど手はそのまま。目立たないよう俺との間にその手を下し、少し距離を詰めて座りなおした。猫みたいだな、と思うのと同時にこの人も少しくらい緊張しているのだろうかと握られる手に力を込めた。気持ちのいい、正しい手だ。

誰も俺と部長が手をつないで座っているなんて想像していない。誰も気づかない。

「あんまり見すぎないように」

「え?」

「それ。酔うよ」

「あ、はい」

「あと、とらわれすぎたら困る」

視線を窓の向こうに戻したままの体勢で呟いた孝成さんは、それから目的地に到着するまで何も口を開かなかった。それに余計緊張した俺は忠告通り見るのをやめ、寝たふりをした。時々孝成さんの指先が俺の手の甲を撫でて、その数を数えながら。



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