13
翌日の朝、荷物を車に詰め込んで学校まで送ってもらった。静かで気持ちのいい夏の早朝、という感じの朝で眠気はすぐにどこかへいってしまった。まだイビキをかいて寝ていた香月は、それでも応援行くからねと昨夜メールがきた。
俺が寝るより先に帰ってこなかったから、誰と祭りに行っていたのか結局聞けていない。透だろうか。聞いてやろう。帰ってきたら…
薄い乳白色のフィルターをかけたように少し霧がかった景色を眺めながら、それより先に“帰ってきたら”したいことが浮かんだ。孝成さんに、好きだと伝えたい。今の状況で満足していたし、その関係さえなくなるくらいなら今のままでいい。でも、何故か、引退してしまったらもう跡形もなくこの立ち位置が無くなってしまう気がした。
頑なに目を逸らしてきたはずの孝成さんへの気持ちは、けれどもう誤魔化せない。触りたいと自覚してしまったら、孝成さんごと独占したくて堪らないのだ。好きだなんて言ったら孝成さんは驚くんだろう。驚いて、それから…
想像が出来なかった。都合のいい妄想さえ出来ないまま、車は校門を潜った。そこには既に何人かの姿があり、すぐに深丘が駆け寄ってきた。
「藤代先輩!おはようございます」
「おはよーお前早いな」
「俺はいつも早かったですよ」
「そうだったっけ。遅かったじゃん、昔」
「遅かったのは藤代先輩ですよ」
「俺じゃなくて香月が毎日毎日寝坊してんの」
日中もこのくらいの気温なら有りがたいのに、と思えるほどの快適な温度だ。リラックスした様子でいつも通りに話をする深丘から視線を逸らして孝成さんを探すと、高見先輩と何かを話している姿が見えた。
試合前のキリッとした孝成さんだ。張りつめた糸みたいな寂しさを纏う見た目とは裏腹に、触れると驚くほど暑くて頭の中ではゲームの構築がされている。この、ピリついた空気がキツいと思っている下級生はきっとたくさんいて、それでも俺はそんな孝成さんを綺麗だと思う。他のどんなものとも比べようがないほど。
「お、葉月ー今日は一段とでかいな」
「おはようございます、寝癖直してないからですかね」
「直してこいよ」
「バスの中で直します」
「荷物は」
「深丘が積んでくれました」
「ん、じゃあ貴重品回収」
高見先輩が持っていた貴重品袋に財布を押し込み、隣の孝成さんを見る。既に高見先輩に指摘されたところは直したのか、特別目につく間抜けたところはなかった。
「孝成さん、おはようございます」
「おはよう。調子は」
「…良いです」
「お前その顔色でよく言うよな」
「早く寝たんですけど、寝ても覚めてもドキドキしてて」
「去年は朝から盛大にでかいおにぎり食べながら来たのにな」
「あれ、ほんとに大きかったよね」
「顔くらいあったぜ、あれ」
「もうそれ言わないで下さいよ」
去年とは違う。
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