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試合前最後の練習だ。今日は軽く体を動かして最終調整をするだけ。自主練もなし。速やかに帰って準備をして明日寝坊しないこと、それが絶対。

バッシュ、練習着、寝るときの着替え、下着と靴下、財布、タオル、携帯と充電器。それから…何が必要だったかなと、アップをしながら考えている途中で二人はやってきた。着替えは済んでいるけれど孝成さんの手はそのまま。そうか、軽くしか動かないから。視線はそのまま足元に下がり、歪な結び方をされた靴紐に少し、胸が軽くなった。どうしてか、それはわからないけれど。

孝成さんと高見先輩は二人でストレッチをしてから集合をかけ、最後の練習を始めた。

練習は予定通り三時に終わり、片づけと掃除、持っていくものの運びだしが終わると体育館を追い出された。荷物は全てバスに押し込まれ、俺は閉められたトランクの扉をしばらく見つめた。

緊張して吐きそうと、冗談めかして口にしたけれど…本当に吐きそうだ。明日、このバスに乗って、帰ってきてここで、バスを降りたら…と。試合の結果よりもバスを降りたあとの孝成さんとの関係が怖くて。

根拠もなく勝てる、なんて思ってない。それでも不思議と負けることは想像できない。勝って、孝成さんを思い切り抱きしめるイメージはとても鮮明に思い描けるのだ。勝てない理由があるとすれば、それはコートの上で孝成さんが諦めたときだけ。

一つ、大きく息をつくと背中を軽く叩かれた。薄い練習着越しに感じた指の感触に振り向かなくても誰か分かり、すぐに振り返る。

「孝成さん…」

「何かあった?」

「ああ、いえ、何でもないです」

「もうみんな着替えてるから俺たちも行こう」

「…はい」

背中から手が離れる。
その瞬間一気にセミの鳴き声が耳に流れ込んできて、はっとしたように汗が耳の後ろから背中へ流れていくのに気が付いた。やっぱり、体育館の方が好きだ。

「あ、あと、帰りうち寄ってって」と振り向きながら孝成さんは零して、それだけで部室までの足取りは軽くなった。

「あれ、部長達今から着替えですか」

「うん、いいよ、鍵締めてくから」

「待ってますよ」

「ありがとう。でも今からシャワー浴びて着替えるの待ってると遅くなるよ」

「孝成がそう言ってんだから任せろ」

高見先輩のその一言で一年生は「はい」と潔く頷いて鍵を孝成さんに渡した。それからシャワーを浴びて着替えたけれど大した時間はかからず、高見先輩なりの気遣いだったのかもしれないと、孝成さんの開きっぱなしのかばんのチャックを閉めながら気づいた。
どこで気を遣うんだと呆れたくなって、けれどもしかして俺と孝成さんがここで何をしているか知っているのでは、と嫌な想像をしてすぐに頭から追い出した。



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