09

背中には汗が滲み始めた頃学校につき、駐輪場へ向かうと「藤代くん」と声をかけられた。ガチャガチャと駐輪していた俺より一拍先に振り返った孝成さんは、うちみたいに一台一台きちんとタイヤをはめ込んで停める駐輪場でなければ進入禁止だと言われるほどぶつかりながら通って俺について来た。あっ、痛っ、で済むからいいものの、これが商店街やお店の駐輪場ならドミノ倒しで大惨事だ。

「あ、サッカー部の」

「お、おはよう、ございます」

「おはよう…えっと、二年、だよね」

「はい」

「なんで敬語」

「あ…なん、となく…」

サッカー部のマネージャーだ。
あの一件以来特に接点はなく、それでも部活の時間が同じとなれば必然的に外で顔を見ることはよくある。その時は挨拶をする程度で、改めて声をかけられたのは初めてだった。
なんだろうと怪訝な顔をしてしまったのかもしれない俺に、彼女は僅かに眉を下げ「あの、これ」と蓋のついた容器を差し出した。

「、え?」

「よかったら、食べてください」

透明の容器から見えるのは輪切りにされたレモン。これは所謂はちみつレモンの差し入れ、だ。条件反射で受け取ろうとした俺の手を孝成さんがそっと抑え半歩前に出る。

「ごめんね、大事な試合前に食べ物の差し入れは受け取れないんだ」

「え、あ…す、すみません」

「ごめんね。また、帰ってきたら作ってきてあげて」

優しい声だけど、これは彼女への気遣いなんだろうか。今まで差し入れ自体バスケのマネージャーやコーチにしかもらったことがないからわからないけれど、孝成さんの言い分はよくわかる。それでも受け取ることもできないのは申し訳ないなと、少し思ってしまった。

「ご、ごめんなさい…あの、試合、頑張ってください応援してます」

ぺこりと頭を下げ、気まずそうに走り去る背中にはやっぱり申し訳ない気持ちが生まれる。しかもあっちは俺に怪我をさせた、という意識があるはず…それで差し入れを、と思うと余計に。

「葉月」

「あ、はい」

「受け取りたかった?」

「えっ、あ、いや…前のこともあるし、なんか気遣わせてて申し訳ないなと思って」

「ナイーブだな」

「馬鹿にしないでください」

「ごめんごめん。でも、試合前は本当に駄目だよ」

「分かってます」

「俺が居ないからって受け取っ─」

「も〜孝成さんこそ気を付けてくださいってば。これ自転車倒れてたら間に合いませんからね」

今日だけで数回目、タイヤの跡がついてしまったスラックスを手で払いながら、本当にここまで世話をやいていたらこの人一人では何もできない大人になりそうで怖いなとぞっとした。それでも不思議なことに周りからの評判は良い。俺でさえ最初は「詐欺だ」と思ったくせに今では当たり前にみたいに手をやいているのだ。



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