06

「俺嫉妬深いかも」なんて、冗談ぽく放たれた言葉に、本当にそうだったら嬉しいと思った俺は孝成さんよりよっぽど重い。透のことがあったときも孝成さんは同じような事を言ってくれた。胸の奥から込み上げてくる言葉を溢してしまわないよう下唇を噛んで、やり場の無い手を孝成さんの背中越しに見下ろす。

「葉月」

「、はい」

「楽しみにしてる」

「はい…」

首の後ろを撫でられ、ぞくりと、全身に鳥肌がたった。キスしたい。
掌を、ゆっくりゆっくり背中に近づけて、抱き締めないギリギリのところで止めたけれど、少し体を離した孝成さんの動きでぺたりと服に触れてしまった。

精悍な顔つき、だ。
自分の好きな顔、表情、仕草。
孝成さんの瞬きのタイミングで僅かに目を伏せると、近くにあった顔がくっ、と上がり、柔らかい唇が顎に触れた。

「行こうか」

いつも、その瞬間音がなくなる。自分の鼓動だけがどくどくと頭の奥で脈打っていて、孝成さんの「終わり」という声色に一気に音がなだれ込んでくる。そんな感覚だ。
夏の、イライラするくらいあちこちで鳴くセミの声や誰かの声、足音、それがキスをしている間、どこかへいってしまう。そして、残酷に微笑む目の前の“キャプテン”に俺は昂る気持ちと体を置いていくしかなく。

「シャツ、ちゃんとハンガーに掛けました?」

「掛けたよ」

「いっつもそう言いますけど、帰るときくしゃくしゃじゃないですか」

「帰るだけだから良いよ」

自分のロッカーを閉めて、そこに疚しい気持ちも押し込んで、先に部室を出た孝成さんに続いた。

もう、あと少しで孝成さんの夏が終わる。
もちろん孝成さんだけじゃない。他の先輩も、他校も、みんな同じ。学校中からの「期待しているよ」という言葉に、正直俺は焦る。孝成さんが涼しい顔でありがとうなんて返すのを横目に、“緊張”しているのだ。
それは日を追うごとに大きくなり、孝成さんが俺に触れることも少なくなり、少しずつ、終わりに近づいているのだと悟った。

「葉月、そろそろ体育館閉める」

「あ、」

「もうみんな帰ったから、俺たちしか残ってないよ」

「すみません、ボール片付けます」

「集中してたみたいだけど、今のシュート良くなかった」

「えっ、あ…」

「だらだら長く練習してても意味ないぞ」

「すみません」

「謝らなくて良いから」

困ったように微笑んだ孝成さんは軽く俺の肩を撫でてから足元に転がったボールを拾い上げた。
孝成さんの動きは一つ一つ、全てがしなやかで流れるみたいだ。高見先輩は“警察犬”と冗談めかして言っていたけれど、俺には犬というより猫に見える。しなやかで、賢く強かな。
手の中で数回、くるくると感触を確かめたあと、それは丁寧にカゴに落とされた。また明日、と俺に言い聞かせるように。



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