05
黒いスリーブに覆われた引き締まった脹ら脛を片手で持ち、自分の方へ引き寄せてから斜めに結ばれた紐をほどく。
「せっかく締めたのに」
「斜めじゃないですか」
「……」
「孝成さん、痩せました?」
「はは、分かるの」
「何となくです。頬とか」
「少しだけだよ。どうしても暑いから」
「…今度、ご飯食べに来ません?」
「え?」
「うちに」
「葉月の?」
「あー…作るのは俺じゃないですけど、うち全員大食いなんで、嫌でも食べされますから。夏バテとか言わせてもらえないですよ」
孝成さんの締めた紐を綺麗に結び直し、思い付いた提案を口にする。そんなの軽く「行くよ」とか「心配しなくていい」くらいの返事で良かったのに、孝成さんは一瞬考えて、頷いてくれた。
「その時はお願い」
「へ、」
「あれ、冗談?」
「い、いいえ!嬉しくて」
「葉月が嬉しいの?」
「嬉しいですよ、そりゃあ。孝成さんと部活以外で飯食えるなんて」
「葉月のご両親かあ…」
「試合で何回か見たことありますよね」
「顔は、ね。でも話したことはないよ。挨拶くらいしか」
「孝成さんが来てくれたらスゲー喜ぶと思います」
「そんなに俺の話してるんだ」
「あ、えっと、まあ…はい」
「良い事?」
「当たり前です。悪い事なんて─」
「深丘が、」
「はい?」
「いや、深丘がさ、俺の知らない葉月をたくさん知ってるの、少しだけ面白くなかった」
「……え、」
「俺が知ってるのは所詮ここ一年ちょっとの葉月だけなんだなって、言い聞かせられてるみたいで」
しゃがんだまま視線を上げて顔を覗き込むと、 さっきまでの微妙な表情は消えていた。可笑しそうに、「嫉妬かな」と、自分で溢した彼を抱き締めたくなって、腰を上げる。
「何、が、好きですか」
「ん?」
「あ、っと、食べ物」
その質問に孝成さんが何と答えたのか、俺は聞き逃してしまった。立ち上がる手前でベンチに座ったままの孝成さんに抱き締められたのだ。顔が、孝成さんの肩にぶつかる。腰が痛い角度だ。
「たか─」
もしかしてその“嫉妬”で、表情が変わったのだろうか…だとしたら嬉しい。それがどんな意味でも。
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