03


「お、わっ…た……」

「お疲れ様」

「すみません、待たせて…ああ、ジュースも…」

ぺたりと頬を紙の上に置いて紙パックを手に取ると、その側面はびっしょり汗をかいていた。

「ふ、藤代先輩!置いてかないで…」

「悪い、いくわ」

「ええ〜」

汚い文字で埋め尽くしたノートを閉じて乱雑にテキストと重ねて鞄に押し込むと、孝成さんが本を閉じて立ち上がった。それから予想外に「もう少し?」なんて深丘に問いかけ、手元を覗き込んだ。

「はい…」

「待ってるよ。練習まだ出るなら」

「で、でます!ああ、神様…」

「孝成さん〜」

「部長のことそう呼ぶの、藤代先輩だけですよね」

「……そうですか?」

「香月ちゃんも呼ぶよ」

「あいつはカウントしなくていいですよ。なんかカタコトだし」

「だったら他に居ないかな」

「じゃあ俺葉月さんって呼びますよ」

「却下」

「え〜まあ違和感ありますけどね」

「急に可愛くねぇな。いいからさっさとやれ」

「はーい」

冷たさを失ったリンゴジュースは、けれど疲れた頭と乾いていた喉には気持ち良く染み渡り、久しぶりに炭酸飲料が飲みたくなった。孝成さんがそれをチョイスすることはあり得ないだろうけれど。

そういえば、“孝成さん”と呼び始めたのはいつだっただろう…最初から、だろうか。でもその最初がいつか分からない。初めて本人を前にして挨拶をしたときはまだ部長ではなかったし、俺はとても自然に孝成さんと呼んでいたのだと思う。俺にとっては先輩や部長である前に“水城孝成”という一人の選手だったから。

「中学のときの葉月は、どんなだった?」

「っちょっと、孝成さん」

「怖かったですよ、藤代先輩」

「深丘も、」

「俺部活以外ではほとんど喋ったこと無かったですし。でも、今も昔もスーパースターですよ、地元では。俺もずっと尊敬してましたし」

「その割には妙にフレンドリーに接してきたよな、初め」

「雰囲気全然違うんですもん。仲良くなりたかったのは事実ですし。あ、あと、藤代兄妹ってうちの学校じゃ有名人でしたよ。香月先輩めっちゃ美人でスタイルも良くて」

「ツインタワーって悪口言ってただろ」

「悪口じゃないですよ!香月先輩も女子としては背高いですけど、男からしたらふつ─」

「もういいもういい。さっさとやれ」

空になった紙パックで軽く頭を小突いてからそれを潰し、教室内のゴミ箱へ捨てると深丘は懲りずに「それから」と話を続けた。

「中学の時は確かに藤代先輩のおかげで強かったって感じで、こう、何て言うか…絶対的すぎて怖かったんだと思います。でもガーッて言うタイプじゃないし、はぁ、みたいな感じで」

「深丘、もういいって。俺先いくぞ」

「あー!ごめんなさい、もう終わりますから〜」

適当にでたらめを書くような早さでペンを動かし、ぐしゃぐしゃっと雑な音も気にしないで深丘はそれを閉じ、孝成さんもそれを見届けてから「行こうか」と穏やかな声で呟いた。廊下は少しむわりとしていて、既に校内は静まり返っていた。




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