04

夏休み中も部活の休みはあったけれど、自主練週、という名目で俺は学校に足を運んだし孝成さんも来ていた。だから、たかが四日間でさえ俺はここにきてから孝成さんと離れたことがないのだ。

「孝成さん」

「ん?」

「時間あったら、勉強、みてください」

「あはは、いいよ」

街灯に照らされた顔がふわりと綻ぶ。
孝成さんの祖母の家はもうすぐそこだ。そんなに遅い時間ではないはずなのに、道は静かでたまにどこかから犬の鳴き声が小さく聞こえるだけ。雪が降りだしそうなほど寒い道で、孝成さんは足を止めた。

「孝成さん?」

「休みの間に、風邪ひくなよ」

「…はい」

また短く、ん、と笑ってテーピングのほどかれた指がやわやわと俺の頭を撫でた。その手が緩やかに顎へ滑り、軽く掴まれる。
孝成さんの目が訴えることを察しながら、もう慣れてしまった角度に腰を曲げる。やんわりと唇が重なり、角度を変えて触れ合うだけのそれが数秒続いた。時おり柔く食まれてそれでも俺は孝成さんに触れられない。

誰からも見えない場所でキスをしながらお疲れ様でしたと溢した俺に、「葉月もお疲れ様」と濡れた声が返ってきた。 それから孝成さんは家の中に消えた。気を付けてと、お決まりの台詞を残して。
サドルに股がると、ついに雪が降りだした。
鼻先を赤くして白い息を吐きながら笑った孝成さんに、それを伝えたくてかじかんだ手で携帯を掴む。雪降ってきましたよとメッセージを送り、家までの十数分自転車をこいだ。

家に着くと『自転車乗りながら携帯触らない』と、なんとも孝成さんらしい返信が来ていた。最後に雪だるまの絵文字をつけてくれるあたり、多少の愛情を感じる。

「ただいまー」

「おかえりー」

「さみー」

「雪降ってたでしょ」

「降ってた。手袋凍った」

「なに葉月、機嫌良いね」

「そう?」

「朝は落ち込んでたじゃん。今日のミーティングやだーって」

勝つことがどれだけ難しく、責任を問われることかわかっていたつもりで、それでもやっぱり負けるのは悔しい。昨日の悔しさを払拭できないで今年最後の練習とミーティングに参加したことを思い出しながら、手を洗ってブレザーを脱ぐ。
双子の妹である香月が長い髪を一つにまとめながら「なんだかんだバスケ馬鹿だもんね」と笑った。双子といっても二卵性で、顔は全然似ていない。
やたら性格が男っぽくて八割男みたいな妹は、それでも顔は可愛い方だと思う。背は高いけど。
今173cmだと言うから、孝成さんと同じくらいだ。

「それ何飲んでんの。頂戴」

「プロテイン」

「やっぱいらね」

「今日さ、また声かけられた。モデルとか興味ないかって」

「お前がモデルとかし始めたら世も末だよ」

「覚えたての日本語使うのやめてよ」

食べても飲んでも全然太らない美月に対し、俺はすぐに体重が増える。孝成さんに毎日毎日毎日毎日、口うるさく体の事を言われるのはそのせいだ。体を大きくするのは悪いことではないかもしれないけれど、その為に偏った食生活はさせたくないらしい。同時に、それを絞るために鍛えすぎるのも嫌がる。孝成さんは俺の背をもう少し伸ばしたいのだ。

俺もその期待に応えたい。そう思いながらもう一度孝成さんからのメッセージを開く。
勉強をみてくれるとは言ったものの、彼の年末年始の予定なんて知らない。どのタイミングで連絡をすればいいのだろう。この返事も、しないで終わらせたら孝成さんからの連絡は途絶えるだろう。

「あー…」

「何よ」

「良いなお前は。能天気で」

「葉月には言われたくないから」

香月はソファーに座った俺の頭をプロテインの入ったボトルで叩いてからリビングを出ていった。俺は結局孝成さんに返信できないで、年越しを迎えた。




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