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「葉月─」
「ごめんなさい」
「……何が」
「……最後の、試合」
「勝ったんだから良いよ」
何より、あの試合に負けていてもインターハイの出場権は既に手にしていた。その枠が一つしかなかったとしてもそれは変わらない。それでも、嫌な流れを残して少し先の試合に挑むのは気分が悪い。
「でも、孝成さん怒ってるから」
「怒ってるよ」
「……」
「あんなこと一つで乱されて、もし今日が最後だったらって思ったら、怒りたくもなるよ」
「、すみませんでした」
「キャプテンとしては怒りたくて仕方なかった」
「はい…」
「でも、今改めて考えて、葉月が俺の為に怒ってくれたのは嬉しい、と思う。もちろん、怒りたい気持ちの方が大きいけど」
「……」
「俺も、あの時はああ言ったけど…もし葉月が同じ目に遭ってたら、同じような対応をしようとしたかもしれない」
「たか─」
「葉月が大事だから」
泣きたい。
きっとその“大事”は俺が孝成さんに抱いているものとは違う。それでも、孝成さんが真面目に、ちゃんと考えて、本当は説教したいはずの今、俺に大事だと言ってくれた。
「でも、葉月が頑張ってることを知ってるから、些細なことで簡単にそれを棒に振ってほしくない。そういう意味でも怒ってる」
「、はい」
「分かれば良い。帰ろう」
ごめんなさいとありがとうございますと、頑張りますと絶対勝ちますと、俺も孝成さんが大事です、その気持ちを全部詰め込んで抱き締めたかった。自転車をその場に転がして、帰ろうといつもの調子で言ってくれたその声ごと。
どうしようもなく触れたくて、だけど触れてはいけない気がして。触れられない気もして。俺はぐっと涙をこらえて、孝成さんの背中を追った。
あと何回この道をこの人と歩けるのかとか、現実的なことから目を逸らして、とにかく抱き締めておけば良かったのに。
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