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「部長に言うなよ」
「加藤があの人の悪口言ってたって?」
「まじでそんな言い方したらお前の隠れ暴飲暴食チクるからな」
「してねーよ」
「いって、蹴んな!でもさ、部長も変わってるよな。普通育ち盛りのスポーツ馬鹿の男子高校生に食べる量気を付けろとか言うの。野球部とかすげー量の米食わされてるじゃん」
決してカロリー制限をしているわけではない。普通に、健康の面で無理な暴食は控えろというだけの話だ。だから合宿中のえげつない運動量の時はそれに見合った量を食べさせられている。
でもそれを言葉にして加藤に伝えたら、「部長が絶対だもんな、葉月は」と言われることが目に見えていて。その通りだなという自覚もあって、だからそれは飲み込んだ。
「知ってる?野球部の遠征」
「なに?」
「まじで飯の量やばいらしいよ。加山毎日おえおえしてたって。去年の夏」
そこまではさすがに嫌だよな〜と言いながら席についた加藤に続き自分も椅子に腰を下ろす。ころころと話題が変わってくれて今は少しありがたい。そう思いながら。
それからすぐに五限の予鈴が鳴り、加藤の話はそこで終わった。
放課後、孝成さんに昼休みのことを話すと、意外なことに「知ってる」という返事をされた。
「大袈裟ですよ」
「葉月が怪我したのは事実だろ」
「ほぼ無傷じゃないですか。マネージャーだってわざと落ちたわけじゃないんですし」
「葉月」
「、はい」
「ごめん。でも分かって」
「、はい?」
「俺は葉月のことが心配だし、俺だけじゃなく学校側も葉月のことは特別な目で見てる。もちろん、贔屓とかじゃなくて、“バスケ”の特待生として。しかもうちはバスケ部に力を入れてる。その葉月が学校内で怪我をしたとなれば大袈裟じゃなく大事なんだよ」
ね、と、諭されながら着替えを済ませると、孝成さんはもういつもどおりの声色で「体育館行こう」と俺の手を引いた。
まだテーピングしていない指は固いけれど柔らかくて、独特なその感触に声が出そうになった。
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