03

それを叶えたのが半年前だ。
声をかけてくれたいくつかの高校の中に、水城孝成の在籍する学校があった。彼がその学校にいることはもちろん知っていたものの、自分の学力だけで勉強にもついていかなければいかないことは俺にとって難しいことだった。けれど、それを理由に彼と同じチームに入れるチャンスを逃すわけにはいかない。声がかからなければ自力で行く覚悟もしていた。

「本当に藤代葉月、だ」

「えっ」

「有名だよ」

孝成さんは俺を見上げて、よろしくと右手を差し出した。間近で見る彼は思っていたよりずっと小柄で、穏やかで、こんな人があんな支配的なゲームを作るのかと、背中がぞっとしたことをよく覚えている。
全国大会でしか見ることのなかった彼は、確かに同じ県内には住んでいなかったはずなのに、なぜか俺の実家から通えるこの高校に居た。それも、バスケの推薦を貰って、というわけでもなかった。不思議に思いながらも、俺は何年も思い続けてきた彼の手に触れた。テーピングの施された、とても正しい手だった。

「みずき、たかなり…さん」

「あはは、知ってるんだ、俺のこと」

「はい、あの」

憧れています、ずっと見てました、一緒にプレーしたかったんです、そのどれも、口には出来なかった。どれも違ったのだ。本人を目の前にして、尊敬しています、というのは。とても違った。じゃあなんだ、俺を見て男らしくしっかりてを握って、俺の続きを待つこの人は、俺の何だと言うのだろう。

ただ、背中がぞっとしたのと、硬い手の感触と、印象的な優しい笑顔。孝成さんの匂いと体温と、そして呼吸。全てが俺の中で水城孝成を確たるものへと導くような感覚だったことは間違いない。その人が、今…

俺にキスをする。

「っ、」

「は、ぁ…」

唇の離れた感覚に、目を開いてその行方を追う。孝成さんはもう恍惚とした表情を消し、いつも通りの、優等生になっていた。
帰ろうかと俺の肩を撫で、一歩後退して微笑む。
もう何度もキスをしたけれど、孝成さんからその理由を聞いたことはない。俺も「どういうつもりなのか」を問うたことはない。問わなくていい。その答えに納得できる自信がないのだ。

「孝成さん」

「ん?」

「……明日から、実家ですか?」

「行かない。逆にばあちゃんちに親戚来るから帰る必要ないかなって。俺はおせちとお雑煮食べて過ごすだけ」

ウィンターカップは準決勝で敗れ、ギリギリで三位を勝ち取った。三年生が引退して孝成さんがキャプテンになってから、俺はとてもやり易くなったように思うけれど、チームとしての完成度は高くないと監督に言われてしまった。大きな大会が終わり、明日から四日間の正月休みに入る。

「そうですか。寮組はみんな帰省するって言ってました」

「わりとみんな近いからな」

監督に言われたことを気にしているであろう孝成さんは、少し伏し目がちに俺が施錠するのを見つめていた。すっかり暗くなった空の下、まだ灯りのついている教官室へその鍵を返しに向かう。孝成さんは俺が先生と話している間に自販機で温かいミルクティーを買っていて、俺にも少しわけてくれた。
彼は今、祖母の家で暮らしているらしい。高校進学と共に引っ越してきたというそこは、徒歩で十分ほどだ。俺はその道を、自転車を引いて歩く。少し遠回りではあるけれど孝成さんを送り届けてから帰るようになっていた。

「葉月」

「はい」

「休みだからって食べ過ぎないように。トレーニングも。さぼるなよ」

「はい」

「でも怪我は」

「しません」

「ん、」

休みなんてなければいいのに。
そんな本音は飲み込んで、よし、と頭を撫でた孝成さんの手に目を伏せた。青春と思春期真っ盛りの高校生男児に、部活の休みほどテンションの上がるものはないだろう。そりゃあ息抜きとか、遊びにいったりとか、そういうことに休みは使わせてもらうけれど。それ以上に、孝成さんに会えない日が続くというのはメンタル的にくるものがある。部活がある、というのは俺にとって一種の精神安定剤のようなものになっているのだ。




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