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「孝成さん」

離された手をやんわりとまえると、不安げに揺れた肩がゆっくり俺の顔に近寄る。孝成さんに抱きしめられるのは気持ちがいい。
そっと、俺を抱きしめて背中を撫でてくれた孝成さんに、どうしようもなく伝えたい言葉がこみ上げてくる。言えない言葉が。

「俺の方がよっぽど心配なんですからね」

「なんで?」

「孝成さんが抜けてるから。あ!っとか言って階段転がり落ちても気づかないくらいボーっとしてるときとかありますよ」

「それはさすがにない」

「ありますから」

「じゃあいいよ、それで。葉月が気を付けてくれるなら」

むにっと人の顔を摘まんで今度こそ戻ろうと、手を引かれて立ち上がる。もういつも通りの孝成さんだ。今なら聞けそうだなと、保健室を出たところで「今日、何かありました?」と問うた。

「なに、突然」

「いや、えっと…高見先輩が、ちょっとピリピリしてる気がするって…言ってて」

「……そんなつもりなかったけど…あ、でも」

「はい?」

「葉月が」

「?」

「昨日。他校の心配してたから、そんな余裕あったら自分のチームの事考えて欲しいな、とは思ってた」

「えっ、あ…」

「別に、怒ってたとかそういうわけじゃないよ」

「すみません」

「葉月が余裕ならいいんだけど」

「ごめんなさい、全然余裕じゃないです」

「はは、ごめんごめん。俺もちょっと嫉妬してたから」

「え?」

「葉月が中学の頃のチームメイト気にしてたの、悔しかった」

「孝成さんが?」

「他に誰が居るわけ?今一番近いチームメイトは俺なのに、余所見するのかって」

「そんなこと─」

「もういいって。へそ曲げてて葉月に何かあったら俺が一番困るの、良くわかったから。それに、大切な友達、でしょ」

「……透のことは、確かに俺も落ち込みましたけど…孝成さんが引退して、元チームメイト、になっても俺は孝成さんのこと気にしますよ」

「しなくていい」

「無理です。それくらいさせて下さい」

ずるい人だ、本当に。
やっとなんとか雰囲気をいつも通りに戻したのに…俺は結局墓穴を掘っただけ。孝成さんが嫉妬してくれるなんて考えてもなかったことを、こんなにあっさり…しかも不意打ちで…

「あーもう!」

「うわ、なに」

「孝成さん、それ、練習着」

「うん?」

「裏表反対ですからね」

「あ、ほんとだ」

「ジャージ羽織ってたから気付きませんでしたけど、試合の時気を付けてくださいね」

掴まれた腕が熱い。
もう擦りむいたところなんて全然痛くなくて、絆創膏のテープの感触が少し不快で逆に気になるくらいだった。




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