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試合の後の孝成さんには正直誰も会ってほしくない。ゆっくり自転車を部室棟の前で止め、中に入って“バスケ部”のドアまで迷いなく進む。物音一つしないそのドアの向こう、一応ノックをして「葉月です」と声を掛けるとしばらくの沈黙の後ギギッと扉が開いた。

「お疲れ様です」

「お疲れ」

現れた孝成さんはいつも通りの水城孝成、だった。見た目は。

その孝成さんは静かな、流れるような動作でとても自然に俺の指先に触れて中に招き入れてくれた。彼に従い足を踏み入れ、後ろ手にドアを閉めると本当に静かな空間に自分の鼓動が聞こえそうだった。
今朝数人が出入りしただけで今日はほとんど使われていない部室は乾いた匂いがして、その中で制服姿の孝成さんはジャージとユニホームの入ったカバンを肩にかけたまま。やんわりと触れていた指先同士が、なんとなく絡まり、なんとなく結ばれて、そのまま体が引き寄せられた。

「孝成さん、」

やっぱり、透より小さな手だ。
そんなことを一瞬考えて、けれどすぐに意識は孝成さんに向く。
ぐっと縮まった距離で、それでも俺との距離を測る様に頭を傾けて肩に額を預けてきたのだ。

「お疲れ様でした」

「うん」

ダメだ。
はぁ、と小さく零される呼吸の音も温度も感触も、全て感じ取れてしまう距離だ…繋がれていない方の手でその背中を撫でると孝成さんの頭が僅かに動いて髪が首筋に触れた。柔らかくて、いつもいい匂いのする髪だ。触りたいな、指にこの髪を絡めて、鼻先でキスをして、なんて…場違いなことを考えた俺に、「葉月」と呟いた孝成さんは慣れた手つきで俺の後頭部を触って俯かせた。

「汗の匂いがする」

「すみません」

「うそ、いいよ」

ずるい人だ。
俺に考え事をやめさせるくせに、自分は相変わらず間抜けにスラックスからシャツがはみ出したままで。それをそっと押し込んで目を伏せると柔らかい唇が重ねられた。

抱き締めたい。

「はづき」

この人が俺をどんな意図で求めてくれているのか聞きたい。でも聞くのが怖くて、そこに自分とは違う気持ちがあるのが怖くて、口にすることは出来ない。何より、今の俺と孝成さんにとって一番大事なのは目の前のバスケだ。試合と、内容と、勝敗。優勝旗奪還、決して大きくないこの体に課せられている重圧。そんな彼の心に波はたてられない。

「ん、」

ただ孝成さんがこうして俺のことを求めるなら、俺は答えたい。もうすっかり覚えてしまったこの人の唇の柔らかさと、形と、呼吸の温度を、感じる度に泣きたくなる。でも、せめて…孝成さんにインターハイ優勝の栄光を手にしてもらうまで、耐えなければと思っている。そのあとで、俺は気持ちを打ち明けられるのか、それは分からないけれど。




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