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「葉月も食べたらあっちおいで」

「、はい」

「加藤も」

「はいっす」

「あと、はづ─」

目の前で揺れた孝成さんのユニホームが、ちらりと見慣れた顔を一瞬晒した。制服でもジャージでもない、私服にキャップ。俺は思わずあっと声を漏らしていた。孝成さんの言葉を最後まで聞かなかったのは初めてかもしれない。慌てて聞き返したけれど、孝成さんは俺が知り合いを見つけたことに気付いてか、あとでいいよともう一度頭を撫でた。
そのままギャラリーの方へ歩く背中を見送るのもそこそこに、俺は加藤に食べかけのおにぎりを押し付けて立ちたがった。

「は、おい、葉月?」

「それ食べて良いよ」

「はあ?うわ、具ものりもねーじゃん」

「ちょっと行ってくる」

どこに、と問われた気がする。
けれど俺は休憩時間も残り少ないなと、頭の片隅で考えていて返事は出来なかった。一瞬見えた人影を追うと、すぐに柱に隠れる様にもたれ掛かかるその人を見つけることが出来た。

「透」

「、び、びった〜」

大袈裟に振り向いた幼馴染みはいつもと変わらない様子で「お疲れ」と笑った。

「今空きか」

「ああ。透は」

「香月が応援来いってうるさいから。高校のツレと来たんだよ」

キャップのつばを少し上げた透は、くっきり二重の目を細めて隣に立っていた男を肘でつついた。香月の言った通り、見たことのない顔だった。その人は俺を見て一瞬目を大きくして、ペコリと頭を下げた。

「深丘、葉月のとこで頑張ってんだな」

「あー、まあ。よく気づいたな」

「分かるよそりゃ」

「……」

「勝ったのに何落ち込んでんだよ」

不思議な感覚だ。
こういう場所以外で会うときは何とも思わないのに、なんだか足下がぐにゃぐにゃして気持ちが悪い。応援、と言われれば聞こえは良いのに…俺は透にかけるべき言葉が見つからないでいる。

「落ち込んでないけど」

「はは、なんかまたでかくなった?正月会ったときよりでかい気がする」

「伸びたかも」

「流石だな〜俺香月にも抜かれてそうだし。アイツも会うたびに大きくなってるもんな」

香月の試合はハーフタイムだ。コートに姿はなく、それでも会場の熱気は冷めない。透はじっと俺を見て、「俺は平気だって」と、再び笑った。

「ああ…元気そうでびびってる」

「元気に振る舞ってんだよ。もうどうにもなんないし」

「……」

「部停だし体育館も使えないし、することなくて体は鈍るし最悪だけど。先輩も、夏がくるまえに夏は終わったし、しょげて文句言ってても状況は変わらないし」

「ドライだな、相変わらず」

「はは、切り替えが早いんだって。まあ正直なところ、問題起こした後輩ぶん殴って乱闘騒ぎ起こしかけて頭冷やしに帰ってきたんだけど」

「笑えねぇって」

「まあでも…葉月の初戦って見ることなかったし見れて良かった。笑えた」

「透までかよ」

「あはは、みんなに言われた?キャプテン下がってからの─」

「まじでもういいから」

「ごめんごめん。葉月のとこのキャプテン…水城さんさ、ほんとすごいな。涼しい顔でえげつないパス出すけど、なんていうか…こう、全部見えてるしゲーム展開もあの人次第って思わせるとことか」

「あの人、そういう生き物だから」

「それ褒めてんの?」

「褒めてるだろ」

「まあ、葉月のこともすげー上手に扱ってるし。全国大会とは違うじゃん、予選とか地域の大会とか。そういうのでも丁寧っていうか」

「手抜かないから」

「それこそシード校で初戦なんてアップくらいの感覚、ってわけでもなく最初からフルメンバー出してきて本気って感じだもんな」

気丈に振る舞う透に、それでも感じるやりきれなさには胸の奥がぎゅっとした。ほんの少し前までチームメイトだった…それが簡単に他人事になって、俺は透にかける言葉も出してやれないのか。




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