02

特別大きな体でもなく、顔が恐いわけでもない。危険なプレーをするわけでもないのに、ゲームはいつも彼の手中にある。水城孝成という人は、コートの中心で誰よりも堂々と、誰よりも信頼を集め、その信頼を裏切らないプレーをする。スポーツショップで買ったバッシュも、周りと同じはずのユニホームも、何故か彼のものだけが特別に見える。
バスケの強豪と呼ばれるうちは、けれど勉強にも力をいれている進学校だ。ここでその人は、バスケ部のキャプテン且つ優秀な成績を納めている首席だ。


そんな完璧なはずの彼には、欠点がある。

「孝成さん、襟おかしいですよ」

「……」

「動かないでください」

靴下が左右違う、制服のボタンの掛け違い、マフラーが上手く巻けない、いたずらで前髪を留められても気付かない、コンビニのおにぎりが剥けない。成績がオール5で、スポーツ万能。決して勉強以外の面で頭が悪いわけでもない。この天然ボケ具合は、俺が出会った中でずば抜けていた。

旋毛から短い首筋までを見下ろし、うつらうつらと頭を揺らす孝成さんの名前を呼ぶ。妙な色っぽさを隠すように、俺は孝成さんの襟元を直してその上にマフラーを被せた。
眠そうに俺の声に返事をした彼は、俺の手が離れたのを確認して顔をあげた。

「ありがとう」

「はい」

「はづき、」

「はい」

爽やかでわりとシュッとした、けれど人の良さが滲み出ているような、優しい顔つきで。
孝成さんはゆっくり俺の肩に両手を置き、やんわりと力を込める。俺はそれに従うみたいに少し腰を曲げ、頭を下げた。完璧で少し抜けているところがむしろ、男女問わず人気な彼のこんな姿を俺以外知っている人はいないだろう。

近づいてきた顔から視線を逸らすように目を伏せ、上唇同士が触れた感覚に瞼を下ろす。孝成さんの匂いが鼻の奥に触れ、抱き締めそうになる腕に力を入れる。その度に指先が震えていることに、彼は気づいているのだろうか。俺と孝成さんしか居ない部室で、籠った冷たい空気の中で、恋人でもない人とキスを繰り返す。子供の戯れより少し大人び、熱を交えるほど深くはない、その曖昧な隙間を楽しむキスの主導権は、俺にはない。

「はづ、」

「、ん…はい」

「座って」

決して威圧的でないはずの声が、俺の腰をベンチへ誘導した。俺がいなかったら、靴下が左右違うとか片方だけ練習用の靴下に替えるのを忘れたとか、のりがべろべろになってしまったおにぎりとか、インナーの裏表が反対とか、誰が手を差しのべるのか。俺が孝成さんと言葉を交わした半年前の春より前は、どうしていたんだろうか。

ほんの少し目を開き、長いまつげを揺らして唇を食む孝成さんを盗み見ると自分はこのまま食われてしまうんじゃないかと思う。熱を孕んだ声で「葉月」と何度も溢す孝成さんに、俺は激しい劣情を抱いている。

「孝成さん…」

孝成さんを初めて見たのは小学生の時だ。地元が同じわけでもなかったのに大きな大会で見掛けたのだから、孝成さんのチームも強かったのだろう。
小学生の頃から周りより頭一つ分背が高かった俺は、自分がバスケット選手として恵まれた体格だと思っていたし、今でも思っている。そう、彼よりずっと。それなのに、俺は孝成さんには勝てない。どんなに背が高くても、足が早くても、コートの領主は彼でゲームの主導権も彼にある、そう思わせるプレーをする人だったのだ。
実際、彼の出ている試合は清々しいほどボールの動きが滑らかだ。孝成さんの広い視野と、的確で迅速な判断で構築された試合に目を奪われ、それに気づいた瞬間から“水城孝成”に対する強い憧れを抱いた。
自分とはポジションも役割も違う彼への憧れは、明らかに他のものに向けるそれとは違っていた。自分もこうなりたいとも、この人と会えたらすごいとも違う。ひたすら、彼と同じコートで彼の作る試合の一部になってみたいと思った。




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