16
「沢木」
「……向こうの10番ですか?」
「先週の試合は温存されてたけど、今日はスタメンだよ。葉月といい勝負かもしれない」
「身長?」
「瞬発力路と滞空時間」
「…孝成さんが叫んでくれれば負けないと思いますけど」
「甘えるな」
「すみません」
肩甲骨から肩に向かって手を置き、背中を押していたそれがやんわりと背骨をなぞった。
「孝成さん、」
「ジャンプボール、俺のところ、な」
「……」
「返事」
「はい」
「俺がとったら速攻で前に出すから、葉月はそのまま走れ」
「もし─」
「もしはないから」
「…はい」
一つ一つ、骨の形を確かめて数を数えるように、硬い指先が背中を正していく。
少し熱のこもり始めた体育館内、隣のコートで試合が始まろうとしていた。それに同調するように自分たちのコートにも集合がかかる。マネージャーとベンチメンバーがタオルと飲み物を配りながら監督とコーチの前に並ぶ。
このあんまり時間は好きじゃない。
孝成さんに触れられた瞬間と、お願いしますとコートに立つ瞬間は好き。
ジャンプボールのとき俺の視界にギリギリ入る場所でボールを取ると疑わない孝成さんの表情も好きだ。そのあと思い切り走らされるのは正直キツイけれど。
『ピーッ』
審判の手から離れたボールを、相手よりも高い位置で捉えて孝成さんへと叩く。
既に動き出していたコート上に足をつき、そのままボールの位置も確認しないでゴールへ向かって走るとタイミングよく「葉月」と呼ばれる。歩幅を合わせにいかなくても、ちゃんと気持ちよく自分の手元にパスされたボールを掴んで思きり跳ぶ。ボールを押し込んだゴールのリングに指先を一瞬かけて着地すると一気に会場が沸いた。
「きっつ…」
「エキシビションかっつーの」
「いたっ…」
開始数秒。
自分のチームの得点が“2”と光る。
高見先輩は俺の背中を思い切り叩いて下がっていった。
バッシュの床を擦る音も好きだ。
既に汗の滲んだ額を肩で拭って軽く目を伏せると、孝成さんの足音が遠い。本当に不思議なことに、集中して音を聞くと孝成さんの足音だけは聞き分けることが出来る。
その音を聞いていれば動きも見えてくる。だからいちいち孝成さんに自分の場所をアピールなんてしないし、囲まれればうまくパスは別の場所を抜けていく。
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