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迎えた初戦、“4”を背負った孝成さんはじっとコートとチームメイト、敵チームを眺めてゆっくりストレッチをしていた。口を開けばいつもの柔らかい孝成さんなのに、唇を硬く閉じた表情は怖い。そう言えばこの一週間キスしていないなと、俺はその時やっと気づいた。
“節制してる”
高見先輩の言っていたそれは、食欲だけじゃなく、性欲も、なんだろうか…試合前のアスリートがいろんな理由で禁欲するというのは聞いたことがある。もちろん医学的にどうとか、俺には理由なんて分からないけれど。それでも、孝成さんもそうしているのだとしたら納得がいく。

試合が終わって疲労や闘争心から解放され、爆発的に食べたり興奮したりするのかもしれない。そうであれば、一年前のインターハイで負けた日のことも…

「でっけー…」

「高見が居る時点で勝ち目ないだろ」

「でも高見のワンマンプレーでもないから余計に勝てねぇって」

「あーまあ、藤代も去年より体出来てる気がするし。さっきトイレで出くわしたけど、まじででかい」

「背伸びてるよな」

「圧勝だろ」

入念にストレッチをする孝成さんの後ろ、上のギャラリーからの声は意外とよく聞こえた。俺は孝成さんの背中を押しながらなんとなくそれを聞き流して「水城」というフレーズは出ないのかとぼんやり思った。

「葉月」

「はい」

「交代」

「あ、はい」

「あと、紐」

「はい?」

「それ、バッシュの。緩んでないか」

「……あ、少し…絞めときます」

場所を交代して投げ出した足。孝成さんの言うとおり、ほんの少しいつもより緩んでいた紐を締めると背中に硬い手が触れた。薄いユニホーム越しにそれを感じてぞわりと全身が粟立った。この感覚だ。この瞬間が好きだ。一気に気持ちが昂る。

「良い感じ」

「はい?」

「背中。しっかりしてる」

「万全にしてきましたから」

初戦は勝てる。
でもそれを口にしたらそういう気のゆるみがダメだと怒られるのは分かっていたし、そういう浅はかさが孝成さんは嫌いだ。だから俺は絶対に言わないし、思ってもすぐに頭の中からその考えを追い出す。圧倒的な力の差が出ても、最後のブザーが鳴るまで気を抜かない孝成さんを見ているとそれが勝者としての心得の様に見える。言い方を変えれば容赦がない、だけど。俺はそれが孝成さんらしくて好きだし、だからこそ同じようにきちんと一試合一試合誠実に向き合おうと思える。




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