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ふわりと揺れた孝成さんの睫毛から現れた瞳。そこから静かに熱が引いていくのが分かる、この瞬間は好きじゃない。
それでも普段の孝成さんの目付きはどきりとするし、その目にじっと見つめられたら全身を支配されるような感覚に陥る。不思議なことに、チームメイトたちは試合中はそれを感じるけれど、普段は全然思わないのだという。鈍感そうな加藤でも試合中の孝成さんの異質さは感じ取れるし、けれどやっぱり練習の時は人当たりの良い“先輩”に思えるらしい。

「行こうか」

「……はい」

俺の唇を親指で二往復擦り、むにっと頬を摘まんだ孝成さんはその前に制服何とかしないとなと小さく笑ってシャツを着直した。
すぐに練習着に着替えることになるのだけれど、こればっかりは仕方がない。少し暑くなってきた今の時期でも衣替えはまだで、孝成さんは律儀にブレザーを羽織って靴を履いた。学校指定のローファーだ。彼の足にしっかり馴染んだそれはすんなりと足を受け入れ、形の崩れていない踵も綺麗におさまった。

「ちょっと早いから、先にシュート練習してよう」

「練習なら」

「どういう意味?」

「勝負とかなら絶対しないです」

「はは、何それやる前から」

「一度も勝てたことないんで」

「でも試合では葉月の方が圧倒に多いよ」

「ポジション性じゃないですか、それ」

半分立ったままのシャツの襟を直してあげながら、「孝成さんのシュートには敵わないです」と言えば軽く背中を叩かれてしまった。

「背も高くない、身体能力もずば抜けてるわけじゃない、そんな俺に勝てないのか〜葉月は」

「……」

「来年の夏が楽しみになった」

「はい?」

にこりと微笑んだ孝成さんはとめてあった俺の自転車にまたがってペダルをこいだ。あ、と一拍遅れて声を漏らし、さらに一拍遅れて足を出した俺は、もう十メートルほど孝成さんに遅れをとっていた。

「孝成さん!」

「足付かない」

「はあ?あ、ちょ、後ろ向かないでちゃんと前見てください!」

サドルにお尻を乗せたらペダルから足が浮いてしまうらしく、立ちこぎで大きくUターンして振り返った孝成さんは俺にぶつかる直前でブレーキをかけて止まった。カゴとハンドルを掴んで倒れないよう支えると、額に汗を滲ませた孝成さんは楽しそうに「足の長さが全然違う」と俺を見上げた。

「危ないからやめてくださいよ」

「ヒヤヒヤした?」

「当たり前じゃないですか」

「俺も葉月が帰ってくの、いつも心配してるよ」

「……え?」

「携帯触ってないかとか、車とかバイクにひかれてないかとか。転んで怪我してないかなとか」

「大丈夫ですよ」

自転車を降りて大人しく俺の隣を歩き出した横顔を見るけれど、視線交わらない。

「心配かけられるくらいには大事なんだって、自覚してもらわないと困るんだよ。端から俺には敵わないとか言ってないでさ」

「…すみません」

爽やかな空気にさらりと髪を揺らし、スニーカーとは違う足音を黒いアスファルトに響かせる孝成さんの隣に並んで、自転車を引いた。




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