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「孝成さん」

「筋肉が疲れてる」

「……」

「部活以外に何かした?」

「走りました、少し」

背中にまわしていた手を首まで移動させ、そのまま今度は肩甲骨を撫でて、腰、臀部をなぞって太ももの裏をやんわりと揉む。
もう慣れてしまったけれど、孝成さんのボディチェックは一年生にとっては衝撃的なものだったらしく、深丘には「嫌がらせですか」と真顔で心配された。腕も背中も腰もお尻も足も、全部孝成さんの手に暴かれる。疲労具合や筋肉脂肪の付き具合、全部。入部してから部活がある日は毎日、だ。俺も最初はぎょっとしたけれど、それも最初の一回だけ。それからもう朝顔を洗うくらいの、定着した流れになった。

毎日、部活の始まる前。
練習着に着替える時。
それを今からされるとは思ってもいなくて、緩んでいた体に力が入った。それに気付いた手がぴたりと動きを止め、すぐに「もう遅いよ」と、穏やかな声が漏らされた。

「元気が有り余ってるなら葉月の好きなイン─」

「香月に付き合わされただけです」

「葉月」

「はい?」

「何かあったら、すぐに言えば良いから」

「……」

「葉月は大黒柱なんだよ」

「大黒柱は、高見先輩じゃないですか」

「チームの、はね」

「たか…」

「顔下げて」

じゃあ、俺は何の大事な柱なんですかと、問うてみたかった。
俺のそんな些細な願いは孝成さんのキスに飲み込まれて消えた。ゆっくり、吸い付くようなひどく濡れたキスに。
爽やかなミントの匂いに、寝癖を水で押さえつけただけの髪から漂うシャンプーの匂いに眩暈がする。部室の、汗やボールの皮の匂いとは、蒸し暑く孤立した空間とは違う、孝成さんの向こうからは食器を洗う音が聞こえてぴたりと閉まっていない玄関のドアの隙間からは五月の気持ちのいい風が入ってきている。

はづき、と、コートの中では聞くことのできない甘い声が脳みそを痺れさせ指先の感覚まで麻痺してしまいそうになる。思い切り抱きしめて、孝成さんの為に頑張るとか、孝成さんにそれを見ていてほしいとか、そんなことを言いそうで…引退したらもう、こうやって俺にキスしなくなるのだろうかとか、もし引退してもこのままなら一体いつまでこんなことをするのかとか、卒業したら過去のチームメイトに収まってしまうのかとか、この半年でいくつも抱いた疑問や不安を口走ってしまいそうで、怖くなった。

「孝成さん…」

じゃあこの関係をやめたいのかと問われたら答えはノーだ。曖昧なままでも、俺が孝成さんに必要とされる瞬間があるのなら変わらない関係で居たい。それが例え間違っていても。





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