06
「じゃあ、お疲れ様でした」と、バッシュが床をこする音が響く。あ、こっちにくると、慌ててもう一度落ちたものを掴んで背を向けるとすぐにその声に掴まってしまった。
「葉月」
「、お、つかれさまです」
「お疲れ様。どうした、なんか忘れ物でもした?」
「タオルを…」
「ああ…あ、くつ下でここまで?」
「すみません」
「怪我したら困るから、ちゃんと履いてこないと」
「……はい」
自分は紐が緩んでいても転びそうになってからしか気づかないのに。
「俺ももう帰るから、部室戻ろう」
「あの、孝成さん」
「なに?」
「今の、話…」
「聞こえた?」
返事の代わりに頷くと、「夏で引退する」と、あっさり答えが返ってきてしまった。
「受験、ですか」
「まあ」
部室までの短い通路で、孝成さんはそれ以上喋らなかった。
俺も、それを知って何を言ったらいいのかまで考えておらず、口を開けないで部室に戻った。加藤や高見先輩はもうおらず、一年生が数人戸締りの為に残っているだけだった。そんな彼らに鍵閉めておくから帰っていいと微笑んだ孝成さんはまっすぐ自分のロッカーまで進んでそれを開いた。
「すみません、お願いします」
「お先に失礼します」
「気を付けて」
深々と頭を下げて出ていった背中を見送り、中途半端に開いていた自分のロッカーから鞄を引っ張り出す。汗で濡れた練習着を押し込んだ袋にタオルと靴下も押し込んで、チャックを閉じた。
「早いよね」
「、え?」
「あと少しで終わるんだなって」
「……」
先に部室から出ようとした俺を引き留めるように、ぽとりと落とされた声はどこか寂しげで、発せられたのはたった今聞いた孝成さんの“引退”についての言葉だった。
俺は孝成さんを振り返り、もたもたと紐を緩めるその手元に歩み寄った。
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